Q+リポート 事故の記憶を伝えるために

この写真は、戦前、上空から見た宜野湾村の様子です。

琉球松の並木道は「ジノーンナンマチ」呼ばれ、当時の宜野湾のシンボルでした。

しかし、沖縄戦が始まり、アメリカ軍が攻め込んで来ると…。松並木は倒され、集落や畑は普天間基地に姿を変えました。そして戦後は、物資のない中、住民は収容所から復興への道を歩みました。

Q+リポート 事故の記憶を伝えるために

宜野湾市の博物館では戦前・戦後の暮らしの移りかわりを伝える企画展が開かれています。

宜野湾市立博物館・平識兼哉学芸係長「元々の戦争前の宜野湾の原風景がどれだけのどかな農村であったかというのをまずは把握して。それが、沖縄戦でこのように変わって今があるんだねっていうことを多くの人に理解してほしいと思っております」

2004年8月13日、沖縄国際大学にアメリカ軍のヘリが墜落。事故から11年。沖国大では事故のことを忘れず、関心を持ち続けようと学生が撮影した写真の展示が行われています。

当時、記者としてこの事故を取材し、現在は、沖縄国際大学で学生たちと向き合っている前泊博盛教授。11年の時の経過ち事故の風化を懸念しています。

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沖縄国際大学・前泊博盛教授「事故当時、今の学生たちはみんな小学生だった、4年生とか5年生ですね。ほとんど(事故への)意識はないですね。ですから、こういう大変な事故が起こったっていうことも、改めて現場に連れて行って説明しない限りは誰も知らない。それから普天間基地についても、あるのが当たり前という中で育ってきたので、違和感なくそれを受け止めてしまう。こういうことを足元から学び直していくということを始めていく。これは、実は学生に限らず、沖縄県民全体に言えることです。現実と向き合うことから新しい解決策が見いだせるような気がします」