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ベトナム戦争でアメリカ軍が使った枯れ葉剤の影響で、多くの人たちに健康被害が生じているということは広く知られています。その枯れ葉剤の中でも高濃度のダイオキシンが含まれいてるエージェントオレンジが、沖縄でも使われたという元アメリカ軍人の告白が大きな波紋を広げています。この問題を追い続けるジャーナリストを通して枯れ葉剤問題を考えます。

今年4月、国内で発行されている英字新聞・ジャパンタイムズに衝撃的な記事が掲載されました。タイトルは「沖縄におけるエージェントオレンジの証拠」。取材したのはフリージャーナリストのジョン・ミッチェルさんです。

ジョン・ミッチェルさん「遂に私は沖縄で枯れ葉剤が広い範囲にわたって使われていた事実を突き止めました。北はヤンバルから、南は那覇まで広範囲で使われていたのです」

1960年代に泥沼化したベトナム戦争。ジャングルでのゲリラ戦に苦戦していたアメリカ軍は、敵が隠れている森を破壊し、兵士たちの食料源を断とうと大量の枯れ葉剤を散布しました。

その多くが「エージェントオレンジ」と呼ばれる、枯れ葉剤の中でも高濃度のダイオキシンを含むもの。それを浴びた人たちからは、ガンや糖尿病、重い皮膚疾患、また子どもたちの重い障害が報告されています。ミッチェルさんは、20人以上の退役アメリカ軍人と接触し、12人から枯れ葉剤に関する証言を得ました。

ミッチェルさん「証言した1人は那覇港の港湾労働者だった。1968年から78年まで沖縄に駐留していた。彼は、そのとき何千バレルもの枯れ葉剤を船から陸揚げし、嘉手納基地や普天間基地に運んだと語っている。もう一人のフォークリフトの運転手はいくつもの枯れ葉剤のドラム缶を全島に運んだと証言している。彼が言うには、その枯れ葉剤は飛行場や港からベトナムにも運ばれた」

ミッチェルさんは、これらの証言から嘉手納基地や普天間基地など、少なくとも県内9つのアメリカ軍施設で枯れ葉剤が貯蔵、または使われていたとみています。

中でもこの男性の証言は枯れ葉剤がずさんに管理されていたことを物語るものでした。ジョー・シパラさんは1970年から1年間、泡瀬通信施設で技術者として勤務していました。

ジョー・シパラさん「ハブグラスと呼ばれる草が生い茂っていて大変だった。ある施設内では、フェンス際まで除草する必要があった。そのためエージェントオレンジ(枯れ葉剤)を使っていました」

シパラさんは現在、ガンと糖尿病と重い皮膚疾患を患っています。また、1人目の子どもは重い障害があり死産。誕生した2人の子どもたちも足などに障害があります。

今回証言をした退役アメリカ軍人の多くがダイオキシンの影響とみられる病気を患っています。しかしアメリカ軍は「沖縄での枯葉剤の貯蔵や使用を裏付ける情報はない」として事実関係を認めず、彼らに対する補償もしていません。

証言の中には、地元の農家がその危険性を知らないまま、知り合いのアメリカ軍人からビールや食べ物と引き換えに枯れ葉剤をわけてもらっていたという話、ジャングルでの戦闘訓練が行われていた北部地域に運んだという情報もありましたが、それらがどんな風に使われたのか、また、住民の健康被害や環境への影響について調査されたことはありません。

ミッチェルさんは、沖縄には今もダイオキシンの濃度が高い危険な地域があるのではないかと懸念します。そして元兵士たちが次々に亡くなる中、この問題を明らかにするためには、調査を急がなければならないと訴えます。

ミッチェルさん「多くの退役軍人がダイオキシンに悩まされている。6か月の調査の間、1人は死に、3人は大きな手術を受けた。この問題は過去の問題ではなく、現在の問題。沖縄の人たちに将来衝撃をもたらすかもしれない」

枯れ葉剤を巡っては、アメリカの退役軍人省が北部訓練場で使用し、前立腺ガンになったという元軍人の訴えを認めたケースがありますが、政府も軍も事実を明らかにしていません。沖縄の人たちに健康被害が生じている可能性もあるわけで、一日も早い真相解明が求められます。