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65年前の5月中旬、アメリカ軍が首里に迫る中、なくなく南部に移動させられた松茂良美智子さん。戦争の混乱でもお金に貪欲の人たちに苦しめられます。

那覇の壕を追い出され、およそ2時間かけてここ糸満市与座岳のふもとに移動してき松茂良美智子さん。現在、畑となっているこの場所には、第二与座壕と呼ばれる自然壕がいくつかありました。

ようやく身を寄せる場所を見つけた松茂良さん一家でしたが、すんなり壕に入れてもらうことはできませんでした。

松茂良美智子さん「2週間で掘ってね、250円で買ったんです」

砂糖を仕入れていた農家から「壕を掘ってあげてもいいよ」と持ちかけられました。

松茂良さんら10人は、女性と子ども、お年寄りだけ。その力ではとても壕を掘ることはできず、提示された250円という金額で依頼。当時の250円というのも今の250万円に相当するほど高値だったのです。

松茂良さん「壕に立って入るぐらい。1メートル50センチぐらいしか土は盛ってなかった」

5月20日、壕は完成したもの入ってみると10人入ればぎゅうぎゅうの狭さ。高さ1メートル50センチ、奥行きが3メートルで、岩盤が崩れないように支える型枠もなく、250円で買った壕は、お粗末なものでした。

砂糖の商売で母がためてきた家族のお金。13歳だった松茂良さんは、戦争の混乱の中でもここまで欲深い人がいるのだろうか?とやるせない気持ちになったといいます。しかし・・・

松茂良さん「ここには2週間ぐらいかな、2週間ちょっとですよ。でも250円で命買えたから」

ホッとしたのもつかの間、松茂良さんはこの急ごしらえの壕のせいで最愛の親族を失うことになるのです。