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ここからは、シリーズでお伝えしている「復興のキセキ」です。来月23日のお披露目まで、あと1ヶ月を切りました。再建が進む首里城正殿へ、このほど国王が座る特別な「畳」が納められました。

機械化が進む現代にあって、全神経を注ぎ、一針一針手作業で縫い上げた職人。重圧と闘いながら完成へと向かわせたのは、かつて共に「平成の復元」に携わり、3年前に他界した師匠である父の教えでした。

首里城正殿に運ばれる約30キロの畳。横幅も112cmと大きく、運び込むのも2人がかりです。国王が座る特別な畳を師匠である父の遺志を受け継いで作り上げた職人がいました。

畳を製作した職人 岩本久和さん(70歳)「ようやく納めて終わらせた」「(畳が)30年以上残ってほしい気持ち」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

製作に携わったのは岩本久和さん70歳です。岩本さんは24歳で畳職人の道に入りました。その道一筋、なんと46年!去年11月には優れた技能者に贈られる「現代の名工」を受賞しました。現在は、父、久雄さん(94歳他界)が創業した畳店を継いで店を守りつづけています。

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

畳を製作した職人 岩本久和さん「(サラリーマン時代に)父は職人を入れて仕事をやって」「配達や畳を担いだり機械台で塗ったりして」「そういうのを見て俺も一生、サラリーマンだけでいいかなと思ったけど」「親父一代では終わらせたくなかった」「包丁の研ぎ方とか」「お前のは刃が出ていない一発切ったら終わりだ」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

24時間、父と行動をともにしてきた岩本さん。畳を縫う際、わずかでも形が崩れればやり直しをさせられるほど厳しかったと話します。

岩本さんは2度、首里城正殿の復元に携わりました。1992(34年前)の「平成の復元」の時には、師匠である父・久雄さんをサポートしました。令和の復元では、国王が座る「御差床」に敷く畳を正殿の1階と2階に1枚ずつ。

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作 父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

さらに、御差床の向かい側「唐玻豊(からはふ)の間」と呼ばれる小部屋に畳4枚の6枚を製作しました。

畳を製作した職人 岩本久和さん「今回、まさか自分がそういったものに携わるのは」「夢にも思わないし、首里城が(焼失)すると考えてなかったので」「とにかく成功させないといけない感じでヒヤヒヤして」

父がいないいま、今度は自分が主となって製作を担当。平成の復元で経験した時とは違い、大きなプレッシャーを感じ作業にあたりました。

畳を製作した職人 岩本久和さん「きつかった」「(御座に)絹のヘリを縫い付けるのが一番気を遣って」「縫いながら父親を思い出して『親父助けてくれ』という気持ち」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

2003年から畳を縫う作業は機械化が進む中、正殿の畳は、時間をかけ一針一針、慎重に縫っていきます。さらに、ヘリには絹の反物が使われ、畳に使われることが多い化繊と比べ、針穴が目立ちやすく形も美しく整えなければなりません。

そのため、通常の機械で縫う畳の製作は1日に対し、正殿に納品される畳は2週間。岩本さんは、他の仕事は断るぐらい全神経を注ぎました。職人歴46年の岩本さんでさえ、心身ともにつらかったという正殿の畳づくり。それを成し遂げられたのは、父とともに平成の復元で携わった経験からでした。

畳を製作した職人 岩本久和さん「胸を撫でおろす終わったという気持ち」

畳を製作した職人 岩本久和さん「父親とあの時に部分部分でも縫ったのが一番の原動力」「父親がやっていた昔の写真があったので、それを思い出しながら作った」「その知識があったからこそ自分はあの時やっていなければ」「悩んでいた」

畳を製作した職人 岩本久和さん「胸を撫でおろす終わったという気持ち」

岩本さんが父から教えられたのは「人の動きをよく見ること」表から針を刺す動きだけでなく、裏から針を突き上げる動きまで、細かく観察するよう言われたといいます。

久和さんの姿を幼い頃から約30年以上見てきた息子の幹生(もとき)さん(45歳)。首里城正殿の畳づくりに向き合う久和さんの背中は憧れの存在です。

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

岩本久和さんの息子、幹生さん「(今回の畳製作は)寸分の狂いも許されない形なので、縫う作業にしても」「切る作業にしても、一つ一つがピリピリしている状況で」「少しも口も聞いてもらえない形で」「弱音を吐くのは自分たちに見せることはなかった」「動きを見なさいとよく言われた」「小さい頃からずっと朝から晩まで」「お店にいたのもよくあったので」「本当に職人だなという感じで」「尊敬でしかない」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

畳を製作した職人 岩本久和さん「四苦八苦してようやく仕上げた」「二度と事故がないように何十年 何百年と」「ずっといてくれよという感じ」

丹精を込めて作った畳を納品する日。この日は、他の従業員たちと協力して一枚一枚丁寧に運び入れました。

畳を製作した職人 岩本久和さん「胸を撫でおろす終わったという気持ち」

Q中の様子はどうでしたか? 畳を製作した職人 岩本久和さん「御差床の中に畳を載せて上に御座が乗って雰囲気が全然違う」「そのままの状態よりはここに王様が座るんだなという気持ち」「もう仕込んで終わったので仏壇に報告」『おやじ終わったよ ありがとう』」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

神経を首里城正殿の畳づくりに注ぎ込んだ2週間を終えて。岩本さんにとっての首里城とは、

Q首里城はどんな存在か?

畳を製作した職人 岩本久和さん「一生の宝」「(復元に)携わっただけで一生の宝」「グソーのお土産になる」

父の教えを胸に思いを込めて 正殿の畳を製作

父から受け継いだ教えと、職人としての誇り。一針一針に思いを込めて作り上げた畳が首里城の未来へとつながっていきます。

「親父、終わったよ」という仏壇への言葉に、重圧から解放された安堵と誇りが滲み出ていました。

父から受け継いだ伝統の技、そしてその背中を見て育つ息子さんへ。職人たちの深い想いと覚悟もまた、一針一針とともに紡がれ、新しく生まれ変わる首里城の歴史へと確かに刻み込まれています。久和さんは今後若手の育成にも尽力していきたいと話していました。

以上、復興のキセキでした。