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沖縄全戦没者追悼式で朗読される2026年の「平和の詩」に、豊崎中学校2年生の作品が選ばれました。

2026年は県内の小中高校と特別支援学校から846作品の応募があり、その中から豊見城市、豊崎中学校2年生の亀谷琉奈さんの「生きたいと願った証」が選ばれました。

詩は亀谷さんの曾祖母の右足に残る傷跡を基に書かれています。

もう動かない人たちが倒れる血だらけの道を生きるために必死で走ったこと、空襲の恐怖と不安で自分の右足を石でひっかいて消えない傷ができたことなど曾祖母の戦争体験に、亀谷さんは胸が締め付けられたといいます。

その恐怖や苦しみを想像し、家族、友人と過ごす当たり前の日々をすべて奪ってしまう戦争を、2度と起こしてはいけないと訴えています。

県平和祈念資料館の大城友恵館長は「子どもたち自身の等身大で平和を考えていく過程が見えてくる作品になっているので、多くの方が感動を覚えるんだと感じています(ので)」と話します。

審査委員は「曾祖母の傷をきっかけに、これまで当たり前だった日常のありがたさをかみしめる唯一無二の表現」と評価しています。



「平和の詩」 「生きたいと願った証」全文

平和の詩 中学2年生の「生きたいと願った証」

戦後81年沖縄全戦没者追悼式「平和の詩」「生きたいと願った証」全文

「生きたいと願った証」豐見城市立豊崎中学校二年 亀谷琉奈

あの日の沖縄には

青い海も

優しい風もなかった

空は黒く

地面は揺れ

人々の叫び声が絶えなかった

爆撃の音が

心まで壊していく

 

まだ若かった曾祖母は

小さな体で必死に走った

血だらけの道を

倒れた人たちの横を

もう動かない人を見ながら

涙を流す暇もなく

ただ生きるために

そして

愛する夫の命を案じながら

「お願い生きていて」

その想いだけを胸に

足がもつれても

呼吸が苦しくても

転びそうになっても

前へ前へと走った

しかし

その願いは

もう二度と届かなかった

 

その時のことを話す曾祖母の声は

今でもとても優しい

でも私は知っている

その優しい声の奥に

今も消えない悲しみがあることを

細い足

しわしわの手

小さな背中

長い年月を生きてきたその姿を見るたび

私は戦争の重さを感じる

そして

曾祖母の右足には

今も傷が残っている

それは

戦時中自分で引っ掻いた傷

灰色の空の下

爆撃の音が鳴り響く

恐怖と不安でいっぱいになり

右手に握った石で

自分の右足を何度も何度も引っ掻く

気づけば手も足も血だらけだった

 

私が真実を知った時

胸が締めつけられた

どれほど怖かっただろう

どれほど苦しかっただろう

生きたい

死にたくない

その想いだけで

曾祖母は必死に生き延びた

 

戦争は人を傷つける

体だけじゃない

心まで壊してしまう

家族と笑う時間

友達と過ごす日々

「また明日ね」と言える幸せ

そんな当たり前を

全て奪ってしまう

でもそれは

当たり前なんかじゃない

血と涙の中を生き抜いた人たちが

命を繋いでくれたから

今の私たちがいる

もし曾祖母が

あの日走っていなかったら

もし

あの日命を落としていたら

私はここにいなかった

 

曾祖母の右足の傷は

ただの傷じゃない

「生きたい」と強く願った証

「戦争は二度としてはいけない」

という叫び

私はその想いを

これから先も伝えていく

もう誰にも

血だらけの道を

走ってほしくないから

もう誰にも

愛する人の命が奪われることに

怯えてほしくないから

もう二度と

沖縄の空を戦争で

染めてはいけないから

 

平和は当たり前じゃない

たくさんの人の涙と苦しみと

「生きたい」という願いの上にある

だから私は忘れない

沖縄戦で苦しんだ人たちを

愛する人を守ろうとした想いを

泣きながら生き抜いた人たちを

そして

曾祖母の右足の傷を

「生きたい」と願った証の傷を

平和な未来へと繋いでいくために