普段、私たちの暮らしにも身近な存在である「琉球ガラス」。実は、戦後の物資不足の中で空き瓶を再利用したことから、独自の文化として発展してきた歴史があります。そんな琉球ガラスの歩みと、技を未来へつなぐ職人たちの姿を追いました。
沖縄の海や空を思わせる鮮やかな色彩。そして、手作りならではの温かみのある琉球ガラス。糸満市にある琉球ガラス村は、県内でも有数の工房として知られ、多くの職人たちが伝統の技を受け継いでいます。
琉球ガラスは、長崎や大阪から伝わった技法で、透明な廃棄瓶を原料に薬瓶などの生活用品を作ったことが始まりと言われています。沖縄戦で工房は壊滅的な被害を受けましたが、生き残った職人たちは、終戦後、製品作りを再開します。
米軍施設から捨てられたコーラやビールの空き瓶を再利用したため、再生ガラスならではの独特の気泡や、これまでにないカラフルなガラスが誕生。これが、現在の「琉球ガラス」の原点となりました。
この施設の工場長を務める職人、末吉清一さん。16歳の時、ガラス工場でアルバイトを始めたことをきっかけに職人の道を歩み始めました。
末吉清一さん「アルバイトを探していたところちょうど私の近所に工房があってそこでアルバイトとして最初は働かせてもらっていたのがきっかけ」
工房で作業していくうちに、末吉さんは、琉球ガラスの魅力に引き込まれていきました。
末吉清一さん「この暑さの環境に慣れるのに1年2年かかるんですけどもその後やっていくうちにどんどん楽しくなっていく、夢中になっていく、そして親方から褒められる。それがどんどんのめり込んでいってこの道でちょっと何とかやってみようという思いでガラスの業界に入っていきました」
少年時代からガラスに触れ、その魅力に引き込まれていった末吉さん。長年にわたって技術を磨き、今では沖縄を代表するガラス職人となりました。そんな末吉さんの代表作は、沖縄の夜空をイメージした黒ガラスの『銀河シリーズ』です。
末吉清一さん「私は幼い頃から釣りが好きで砂浜で寝転がって釣りしながら夜空を見上げるとこの素晴らしい星空をガラスで何とか表現したいという思いでずっと試行錯誤して、3年ぐらいかかってやっと完成した」
こうした熱意と高い技術が評価され、末吉さんは2002年に「沖縄県工芸士」に選出。2020年には、国から「現代の名工」として表彰されました。
末吉清一さん「琉球ガラスを背負っていくという責任感というのを強く感じたような瞬間だった」
現在、後進の指導にもあたっている末吉さん。これからの琉球ガラスを担う若手職人へ、特別な思いを抱いています。
末吉清一さん「基礎の部分がしっかりできないと自己表現点の途中で躓いたり壁に当たったりするので、そこら辺を本当に一緒にディスカッションしながら会話をしながら教えてあげたい育てていきたいという部分は最近特に感じるようになっている」
琉球ガラス作りは連携が大切。末吉さんのもとで学ぶ伊波芳樹さんはこう話します。
伊波芳樹さん「(末吉さんは)気さくな先輩だけどやっぱり技術力があるので困っていたりして相談したりしたらちゃんとできるようにアドバイスをくれたりするので大変ありがたい。もっと知名度を広げてもっとワールドワイドというか色々なところに持って行っても沖縄と言えば琉球ガラスだよねと言われるようになりたい」
沖縄の自然や文化、そして職人たちの技と思いが詰まった琉球ガラス。伝統を守りながら、新たな表現へ挑み続けます。
津田さん、取材を通していかがでしたか?
津田アナウンサー「琉球ガラスを作っている現場を見たのは、今回初めてだったのですが、暑い中でもガラスのカタチや模様など、節々に職人さんの工夫が凝らされていて、改めて琉球ガラスの魅力を感じました。そして、琉球ガラス村では、ガラス作りの体験もできるんです。私も体験してみました。こちらが私が作ったグラスなのですが、いかがですか??
難しかったのではないですか?
津田アナウンサー「かなり難しいのですが、職人さんにしっかりとサポートしてもらえるので、安心して作ることができます。他にも、大きな花など、ここでしか味わえない琉球ガラスのアートを楽しめるエリアもあります」
詳しくは、琉球ガラス村のホームページをご確認ください。
