普天間返還合意から25年、基地問題をキッカケに、香港、そしてアメリカと取材をしてきたジャーナリスト。世界の現場で彼の目に飛び込んできたのは、沖縄と同じように権力と対峙する市民の姿でした。

猪俣東吾さん「沖縄の基地問題とかっていう言い方するけど、沖縄に押し付けられた基地問題だし、本土が沖縄に押し付けてる基地問題だし。だから、結局問題っていうのは、マジョリティ(多数派)の側にあるから、そちらが変わらないとなにも動かないよ」

沖縄、そして世界の現場に足を運び、自らの眼で見た事実をネットを通して届けるジャーナリスト、猪俣東吾さん。世界の現場を見てきた視点から、沖縄が抱える基地問題に対して同じ構造だと訴えます。

普天間返還合意から25年 #3 ~世界の問題から見えてきた沖縄~

猪俣東吾さん「大袈裟太郎として知られてますけども、本名猪俣東吾と言って、沖縄から始まって、香港、そしてアメリカと、大きなメディアが取りこぼしちゃうようなことをネットを通して、届けていくようなことをやっています」

5年前、ヘリパッド問題で揺れる高江の現状を知ったことをキッカケに沖縄を訪れました。当初は10日間だけの滞在予定でしたが、その後、沖縄に拠点をうつし、活動を続けています。

猪俣東吾さん「(2016年)7月21日の、ものすごい数の強制排除みたいなのがネットとかで伝わってきて。なんなの?これ本当に日本の話なの?」

基地問題で揺れる高江の現場に衝撃を受けたと言います。

猪俣東吾さん「一人のおばあさんとかに対して、3人、4人、5人とかで囲むみたいな。いや、おばあさんですよ?その圧倒的な暴力性みたいな。そこまで権力をこう、使いつくして、一体なにがしたいの?っていうか。そんなにこれ(ヘリパッド)作らなきゃいけないの?」

普天間返還合意から25年 #3 ~世界の問題から見えてきた沖縄~

猪俣さんは2年前、民主化運動で揺れ動く香港での取材を敢行、その半年月後には、黒人差別問題の抗議が活発化するアメリカに乗り込み、文字通り命がけの取材を行ってきました。

猪俣東吾さん「香港では10メートル横にいた女性記者が目を打たれて失明したりとか。アメリカは非致死性弾って言うんですけど、プラスチック弾、ゴム弾が身体かすめていくような感じで、プロテスター(抗議参加者)の人が打たれまくって」

そこで目にしたのは、沖縄の抗議現場と同じように権力と対峙する市民たちの姿でした。

猪俣東吾さん「香港に行ったら、香港のネットには載っていない、現実があるし、アメリカに行ったら、やっぱり沖縄に対するものと同じで、すごいデマで苦しんでたりして、抗議する人たちを貶める構造は、なんか今の時代、どこに行ってもあまり変わらないんだって」

どうして命の危険をおかしてまで、沖縄の問題と世界の問題と向き合おうとするのか。そこには「誰かの目や耳になる」という、揺るぎない一つの信念がありました。

普天間返還合意から25年 #3 ~世界の問題から見えてきた沖縄~

猪俣東吾さん「やっぱりどう考えてもジャーナリズムって、市民の側。もっと言ったら、弱いものの立場に立っていいと思うんですよ。だって伝えるしかないから。だから、そっち側の人たち、弱い者の立場、マイノリティの側のために戦う」

猪俣東吾さん「誰かが行かないと、やっぱり届けられないじゃないですか。それこそ子供とかおじいさんおばあさんとかが絶対行けないし。みんなが行けるわけじゃないので、そういう人たちの目とか耳の代わりになる」

組織に属さず現場へと足を運ぶジャーナリスト・大袈裟太郎が見る沖縄は、基地問題という国に押し付けられた国策に揺さぶられ続け、市民たちはきょうも抗議の声を上げています。