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Qプラスリポートです。きょうは現在国会での審議が行われている組織犯罪処罰法改正案、いわゆる「共謀罪」法案についてお伝えします取材にあたっている沼尻アナウンサーです。

沼尻アナウンサー「はい、まずこちらのフリップをご覧くださいこの法案では277の犯罪を対象にしていて犯罪を計画段階から処罰するというものです政府は東京オリンピックでのテロ対策を理由に、今国会での成立を目指しています。しかし、実際にまだこの法案は、対象が曖昧であることや常に監視が行われる可能性があることなどから「現代版治安維持法」との批判もあがっています」

Qプラスリポート テロ等準備罪審議入り、瀬長亀次郎はどう見るか

沼尻アナウンサー「そこできょうは戦前の治安維持法などで逮捕された経験がある元衆議院議員・瀬長亀次郎さんの経験を通し、この法案について考えていきます」

内村千尋さん「(Q.これは亀次郎さんの直筆?)はい、この不屈の文字がいろいろなものに使われて。不屈館というのも亀次郎がこの言葉が好きということでいろいろな色紙に書いているんですが、この書体が一番素敵なのでこれをずっと色々なものに使っています」

那覇市若狭にある「不屈館」

戦前・戦後と平和闘争の先頭に立った政治家・瀬長亀次郎さんの記録が残されています。瀬長さんはその活動ゆえに、国やアメリカから激しい弾圧を受けました。

「不屈」の精神で闘い続けた瀬長亀次郎さん。その平和を求める活動は、国やアメリカから激しい弾圧を受けることになります。戦前には、朝鮮からの労働者の労働争議を支援したとして治安維持法違反で逮捕され懲役3年の刑。

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さらに、戦後のアメリカ軍統治下では沖縄から急な退去命令を受けた人民党員をかくまったとして逮捕され、懲役2年の判決、再び投獄されました。

内村千尋さん「投獄されるのが亀次郎だけではなくて、40人くらい投獄されているんですよ。この逮捕された人たちが亀次郎の逮捕は不当であると抗議集会を持ちますということをみんなに知らせるために人民党本部で相談をしていた人たちも逮捕されて、それをポスターを貼り出しに行こうとした、貼り出す準備をしていた人も捕まって。だから今考えたら、これは共謀罪に似ているなと、私も最近思っているんですけどね」

共謀罪の危うさについては、弁護士も警鐘を鳴らしています。

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白充弁護士「私が、あるいはあなたが自分のことを一般人と考えているかどうかは関係がない。政府にとって、捜査機関にとってその人が一般人かどうかというのがあくまで問題となっているというところが1点。国の意図に沿わない人間は一般人ではないんだというレッテルを貼って、その人がどのような行動をしようとしているのかと、それをしっかりと監視していきますよとそれが今回の共謀罪の目的だと私自身は考えています」

一方、政府は「共謀罪」については「テロ対策」であるとし「一般人に適用されることはない」と強調しています。しかし、白(ぺく)さんは、過去の治安維持法などのように再び同じ過ちを犯す危険性を指摘します

白充弁護士「治安維持法が成立する前も政府は「この法律は一般人には適用されません」というような広報をしていました。しかし治安維持法が成立した後は、自分は一般人だと思っていた市民が続々と逮捕されると。多くの、自分が一般人だと思っている方はこの共謀罪、私には関係ないと思っているかもしれません。しかしこの法律が成立した後、あなたが狙われるかもしれないそれは治安維持法の歴史からしても十分にあり得る、大げさなことではないと考えています」

内村さんが取り出したのは、瀬長さんが獄中で書き記した日記。最後のページには出獄時の決意が記されていました。

内村千尋さん「残りの生命を大衆のために捧げることを固く誓わなければならん」

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2度の投獄にも屈せず、笑顔で出獄した瀬長さん。市民からの多くの拍手で迎えられました。その後1990年に政界を引退するまで沖縄の人々の人権を守るために闘い続け2001年、その人生を全うしました。

人生を通して、平和を求め闘った瀬長さんの目に「共謀罪」を成立させようとしている現在の日本はどう映っているのでしょうか

内村千尋さん「自分の体験をもとに、こんな世の中になってはいけないので、これは絶対反対しないといけないということで、強力に訴えると思いますし本土の人よりも沖縄はそういう体験がすでにあったわけだから。こんな社会になったらいけないと、体験をもとに話をすると思います」

沼尻アナウンサー「今回取材して、瀬長さんが本当に不屈の精神で、人権を守ってきたことを改めて感じましたその思いというものを私たちは引き継いでいかなくてはいけません」