2010年11月9日 18時45分

特集 島は戦場だった 歌に込められた感謝の心・二見情話

オキナワ1945島は、戦場だった拡大版です。今流れているこの歌は、叙情歌の「二見情話」です。毎年名護市の桜祭りで「二見情話大会」が行われるほど多くの人に愛されている歌ですが,恋の歌のイメージがつよいですね。男女でうたいますからね,でも実は戦争と深い関係がある歌だったんです。この歌,実は65年前のちょうど今頃11月に生まれた歌でした。作ったのは、首里出身の照屋朝敏さんこの歌の背景を辿ります。

名護市東海岸曲がりくねった坂道を下ると見えてくるのが大浦湾に面した二見。65年前のこの頃この場所で「二見情話」は生まれました。

砂川みつ子さん75歳。「おじさんは、二見の人に対する感謝の気持ちを表したかったんだなーって思って子どもではあったんですけど感じ取ったんですよね。」

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砂川みつ子さんは、当時10歳。二見情話を作詞作曲した照屋朝敏さんの姪にあたります。戦時中、南部で二人の家族を失い戦火を潜り抜け朝敏さんと共に与那原から海路で二見の集落にたどり着きました。

砂川みつ子さん「島尻ではやっぱりどこに行っても爆撃におびえて明日の命は分らないという暮らしだったこっちでは、そういう心配ないですよねただ食料がないでだけで」

当時およそ5000人もの人が南部から二見に避難。集落は、人口の増加と共に一時、二見市になりその行政の長に照屋さんが選ばれたのは、7月のことでした。県の職員や教師の経験を活かし、二見の復興に務めた照屋さん地元のことを真っ先に考える人柄から地域の人たちに愛される村長だったようです。

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20年前に建てられた二見情話の碑。建立記念の除幕式には、朝敏さんの姿もあり当時のことをこう振り返っています。照屋朝敏さん「一生涯のうちに全然忘れることがありません。」食料に乏しくただでさえみんな苦しい状況だったにも関わらず地元の人に土地を貸してもらい野菜を作り飢えをしのぐことができたと当時の思い出を語った照屋さん。

照屋朝敏さん「それで私は、二見の人たちはとても心温かい人たちがいるということを感じてその気持ちをもってあの二見情話を作ったわけです。」「はなーぬふたーみよとこればっかり歌っているうちにそれから次のメロディーが出てきた。

除幕式から5年後朝敏さんは、82歳でこの世を去りました。戦後生まれの息子に、戦争のことについてはあまり話すことがなかった朝敏さん。しかし、二見情話への思い入れは、深かったようです。

照屋弘さん「大浦湾で泳ぎながら夜干し明かりの中ですぐ花の二見よとすぐ思い浮かんでばばーっと作ったという話をしていましたね。」大浦湾で何度もメロディーを口ずさみ誕生した「二見情話」いよいよ人々この歌が披露されるときが来ました。

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砂川みつ子さん「このあたりですね。小屋がいっぱい立っていたのは演芸会やったのは、この辺です。」いくさ世が過ぎ、みるく世に向かって歩み始めた11月。二見では演芸会が開催。地元の人々やハワイ帰りの人たちなど多くの人が集う中、照屋さんが歌うと大いに盛り上がったそうです。

砂川みつ子さん「私たち子ども5・6人で踊りをやったんですけど浜千鳥(ちじゅやー)を踊ったんですけどちゃんとおどれたかどうかふらふらしながらでしたからねでもたのしかったです。」

何も話せない歌うことすら忘れてしまった戦争から数ヶ月。ようやく、首里に帰るめどがついた照屋さんの胸には喜びとは裏腹に複雑な思いがありました。その思いは、姪の砂川さんも一緒でした。

砂川みつ子さん「うれしかったのと又、ここと分かれるのが寂しいという思いが強かったですね。」誕生から65年,今も毎日正午にはこのメロディーが二見の町に流れている。「戦場ぬ哀り何時が忘りゆら忘りがたさや花ぬ二見よー」

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三線教室で昔これを習ったときなんで5番だけ戦の歌詞なのかと思ったがこの歌の根っこはこの5番の歌詞にあったんですね。ここに朝敏さんの直筆で歌がかかれた本があります。昭和20年7月二見でおくさんの千代さんが詠んだ歌

「朝夕守り育て ただぐとぅあらん 親(うや)になてぃ 亡母うやの心しゆさ」

これは、3ヶ月の赤ちゃんを抱いて摩文仁を逃げ惑い授乳もできない辛さがあったんですね。この文章からもわかるように食糧難の当時二見の人々の温かさは、照屋さんの心にしみたのだと思います。きょうは終戦直後歌にこめられた感謝の心を取材しました。

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