2009年4月29日 18時45分

Qリポート 地域の心をつなぐ売店

宮古島。平良の市街地から北へ12キロ。池間島と向き合う突端に狩俣集落があります。

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御通帳を取るお父さんが子どもに渡す「(子ども)お願いします、、(店員)ありがとうございまーす」

集落の中を走る県道230号線沿いに、狩俣購買組合の直営店があります。いつも買い物に訪れる地域の人たちでにぎわっています。購買組合。あまり聞きなれない名称ですが、歴史は1947年に遡ります。

新里さん「終戦後の経済が疲弊して、全戸数が非常に苦しいわけです。地域が。すると自治会の負担金がみんな払えない。そうするとトップに立つものは何とかして金を生み出す方法を考えなきゃいかんと」

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戦後2年、当時の狩俣集落の生活といえばイモや粟、でんぷんを取るためのキャッサバを栽培。冬場はススキでほうきを作り、それらを市街地で売り歩き、わずかの売り上げで生活物資を購入して集落に戻る。そうした時代だったといいます。

新里さん「金の生る木をつくろうと。合言葉で。だからそういう時代を経て地域が結束して、一人も会員に入らないという人がいないということが、強みだったわけです」

金の生る木。それはお店。集落の役員らが国頭村奥の共同売店を視察し、地域の全世帯が出資金を出し合って購買組合が設立されました。出資金はB円時代の10円。270世帯で2700円。店は地域住民の生活を支える重要な役割を担うことになったのです。現在、本店と支店を直営。支店は池間大橋へ向かう沿道に位置し、観光客も立ち寄ります。店内に一歩入ると、買い物客らは小さなノートのようなものを棚から取り出し、商品とお金と一緒にレジの店員に渡します。

根間専務「これはすごい役に立っているんじゃないですかね。地元の人には。お金が足りない、じゃつけといて、次の買い物した時にその不足分を払うと」「かけ、支払うと印鑑、確認して」

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狩俣購買組合は、買い物に応じて住民に利益を還元しています。

上里さん「商品券ですか。千円券と五百円券があって、このお店でしか使えませんので、お買い物に応じて配当金というのかな、還元してますね。お客様に」

いまでは利益から自治会費、PTA会費を負担。老人クラブなどの団体に助成金まで行っています。購買組合は、まさに62年前の役員たちが考えた、「金の生る木」となりました。2007年11月、購買組合は60周年を迎え、地域上げて盛大な記念式典を行いました。そして今年1月には記念誌「六十年の歩み」を発刊しました。

住民「ここは掛け帳みたいなのでやってるさ。(それを見て)いいんじゃない、住民の和があって」「共同組合、共同組織というのが、どんなに良いものかということを分かってもらいたいなと思っております」「やっぱり身近にあるものだし、便利だし、利用しやすいし、なくてはならない狩俣の購買店だと思います」「(地域の和みたいな?)結局この帳面でつながっているかな、と感じますけど」

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現在の組合員数は226世帯、これに準組合員として池間島などの人たち125人が加わり、購買店を利用するまでになっています。

根間さん「当時、初代専務だった方が青年会を集めて簿記の講習会をやったんです。金の生る木と同時に、人をつくる木、人材育成の木だと。私も勉強させてもらったもんだから、私の人生に大きないろいろな仕事が出来たんです」

国仲さん「特に組合を預かっている専務は常に神経尖らせながら、従業員と仲良く頑張っていて、見ていて気持ちが良いですね。この調子だったらそんなに大型スーパーがあろうが、あと20年も30年も維持できると私は確信しています」

62年間も地域で住民の生活を支え続ける購買店。それは生活を支える運命共同体の象徴であり、住民の心をつなぐ絆でもありました。デジタル化時代に、アナログの通帳。

根間専務「田舎っぽくていいです。この方が自分も好きです」

しかし、時代の波は狩俣集落にも押し寄せます。つぎの60年を見据えた購買組合のあり方の研究も始まりました。

川満さん「任意団体から諸々のことに対応できるような法人化を目指して、今検討委員会を組織して対応しています」

戦後の貧しい中から生まれた購買組合。住民の拠り所として、田舎っぽさを残しながら、そして新たな段階へと進んでいきます。

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