「検証 動かぬ基地」です。今回は普天間基地の返還条件の一つになっている「緊急時の長い滑走路の使用」について取り上げます。
那覇空港が軍の使用対象になるのではとの懸念も上がる中、軍が有事の那覇空港の使用を想定していたことが明らかになってきています。専門家の見解も交えて紹介します。
大東文化大 川名教授「辺野古は1200mの滑走路。オーバーラン600mで1800m。この短い滑走路では実行できないような国連軍のファンクションあるいは米軍のファンクションを、どこかで穴埋めしなきゃいけない」「そのために民間の飛行場が想定されていますが、これが那覇空港」
3日、国会。参議院の沖縄北方特別委員会でこう指摘していたのは、大東文化大学の川名晋史教授。提起していたのは、緊急時の民間空港の使用。日米両政府が定めた、普天間基地の返還条件の一つです。
日本政府は具体的な空港を挙げていませんが、川名教授は、那覇空港が該当すると分析しています。
大東文化大 川名教授「(米側も)辺野古1ヶ所で、というふうに考えていたと思います。できるのであれば民間空港・人流・物流の拠点である那覇空港を軍事目的であれば避けたいとは思うが、使わざるを得ない状況。新基地の滑走路が短いということと、中国の脅威が増大してきた状況変化で(米側として)やむを得ないと判断があったのでは」
那覇空港の有事使用が取りざたされる根拠の一つが、内部告発サイトに掲載された、2009年10月当時のアメリカ政府の外交公電とみられる文書です。そこではすでに、アメリカ軍が緊急時に那覇空港を使う想定が書かれていました。
鳩山民主党代表(当時)「最低でも県外移設が期待される」
文書が書かれた当時、日本は民主党政権が誕生。普天間基地の移設先を辺野古ではなく「最低でも県外」と打ち出していた中で行われた日米両政府の協議記録です。
長年、アメリカ政府側で辺野古移設に関わってきた当時のカート・キャンベル国務次官補は日本側にこう説明したとされます。
「1990年代には、沖縄では那覇と嘉手納。2本の滑走路で、韓国や中国での有事計画に対応可能だった」
文書では、この当時で「3本の滑走路が必要」とするアメリカ側のコメントも記載されています。
大東文化大 川名教授「米側の理屈としては、90年代、SACOに合意した時代であれば、2本の滑走路、つまり嘉手納と那覇の2本の滑走路で中国の脅威に対応することが可能だったが、中国の脅威が増大したことで、2本ではなく3本の滑走路が必要なのだと辺野古の滑走路も必要だと日本側にメッセージとして伝えた場面」
一方、軍事利用の側面から、ほかにも注目を集めてきた民間空港がありました。2年前、アメリカ、ワシントンで私たちの取材に応じたケビンメア氏。元外交官で、沖縄のアメリカ総領事も務めた人物です。
アメリカ政府の立場として、沖縄の状況をつぶさに見ていたメア氏。先島のある地名を挙げます。
ケビン・メア氏「下地島にある滑走路、すごく大きい滑走路。全然使われてない」「当初まだ政府にいた時に考えた。嘉手納基地にある戦闘機は一部下地島でいろいろ訓練する方が、嘉手納基地の周りの負担軽減になるのではと」「でもいつも両政府、日本政府と沖縄県はありえないと。民間しか使えないという。そういう考え方が変わるべき。日本の防衛に何が必要であるかと考え、一番優先すべきだと思います」
宮古島市の下地島空港は、いわゆる屋良覚書として、空港建設時、当時の琉球政府と日本政府が用途を民間使用と確認しています。アメリカ軍機の飛来もたびたびあった一方で、合併前の旧伊良部町時代には自衛隊誘致を巡って議会と住民が紛糾した経緯もあります。一方の川名教授。ある設備の存在を挙げて、軍用機の運用上那覇空港がほかの空港よりも条件が整っているとみています。
大東文化大 川名教授「アレスティングギア、これは戦闘機を運用する飛行場においては必須のもの」「機体の下部にフックが付いていまして、それを地上にあるワイヤーに引っ掛けて、そして急停止させる」「これの設備が整っているのは今のところ那覇空港」「那覇空港は航空自衛隊もF15を運用している」
県内ではホワイトビーチ、嘉手納基地とともに、1950年に始まり、いまだ休戦状態の朝鮮戦争において国連軍の基地に指定される普天間基地。その枠組みが、那覇空港のアメリカ軍使用にもかかわってくると川名教授は解説します。
大東文化大 川名教授「有事や作戦時、それが朝鮮戦争の再開に当たるような、朝鮮有事の場合には沖縄にいる国連軍の枠組みが起動する」「那覇空港を米軍のみならず国連軍に参加する複数の国が使うような事態も想定される」「那覇空港を国連軍基地に指定したうえで、国連軍地位協定が適用されるような措置が必要だという意味も含めて、長い滑走路を指定しなければならないという表現を米側は用いているのではないか」
ここからは塚崎記者です。まず、日米両政府が2013年に示された普天間基地返還の8条件について確認します。辺野古に作る新基地はこの1番目の「海兵隊飛行場などのキャンプ・シュワブへの移設」ですが、逆に言うと8つある条件の一つに過ぎないわけですよね。
塚崎記者「その通りです。今回、焦点に当たっている『緊急時の民間施設使用』は4番目の『長い滑走路の緊急時における民間施設使用』が該当します。日本政府側の回答としては『必要な法的枠組みはすでに整えられている』とする一方、アメリカ国防総省が『長い滑走路』が選定されるまで普天間が返還されないとの見解を示しています」
「この中で注意が必要なのが日本語では滑走路の使用を「緊急時」と訳していますが、日米のやり取りを見ていると軍事衝突など有事を指す「contingency」と、機体トラブルなどを指す「emergency」の両方の要素を含んでいるということです」
不透明さを増している状況ですよね。川名教授は那覇空港がそれにあたると分析してます。VTRでは滑走路のワイヤーなどを挙げていましたが、ほかにも理由はあるのでしょうか。
塚崎記者「はい。川名教授は、日米の議論での指摘などとして下地島空港など、ほかの空港では、軍用機が緊急着陸した際に整備や修理をする施設などがない点などを挙げています」「那覇空港はこれまでも自衛隊と民間のいわゆる軍民共用状態が続いてきました。アメリカ軍にとっても、軍事用の施設が整備されている面から、県内のほかの民間空港よりも那覇空港が使いやすいというのは、あくまで軍の理論から言えばその通りだと思います」
「ただ、民間の立場で言えば、県外や離島地域との交通の要でもありますし、物流拠点でもある那覇空港をアメリカ軍が使うことが行政や住民の立場として許容されるべきなのかは、議論していく必要があります」
今年9月には知事選もあります。辺野古新基地の是非がこれまでの選挙では問われてきましたが、今回は緊急時の滑走路使用の問題も含めて、普天間返還を巡る各条件について、改めて議論を深める必要もありそうです。
ここまで塚崎記者でした。
