アメリカ軍が1990年代に朝鮮半島や対中国の有事が発生した際に、那覇空港の使用を想定していたことを示唆した文書が見つかりました。
内部告発サイト「ウィキリークス」に掲載された、2009年10月15日付の在日アメリカ大使館の報告書とされる文書で明らかになったものです。
協議記録では、アメリカ側が普天間基地の移設問題の経緯について説明する中で「1990年代には沖縄の那覇、嘉手納の2本の滑走路で韓国と中国の有事に対応可能だった」と那覇空港の有事の使用も念頭にした発言をしています。
共同通信によりますと、当時協議に関わった日本側の関係者もこのような発言があったことは認めているということです。日米両政府による普天間基地の返還条件の一つには、緊急時の長い滑走路使用が含まれていて、那覇空港がそれにあたるという指摘はたびたび出ていました。
報道を受けて玉城知事は「我々は、那覇空港の使用は認めないと、従来の話をしてる通りの答えになるだろうと思います」と述べました。
この文書を見つけたのは大東文化大学の川名晋史教授で、2026年7月3日、参議院の沖縄北方特別委員会に参考人として出席し、緊急時の那覇空港使用の問題に言及しています。
大東文化大・川名教授は「今、普天間で起きていること、あるいは嘉手納で起きていること。起きている管理権に由来するような問題がそのまま人流と物流の拠点である那覇空港に持ち込まれうるということです。おそらく沖縄の米軍に対して寛容である人々もですね、これは沖縄経済に甚大な影響が出る恐れがありますからなかなか容認できない可能性があるでしょうということをお伝えしたかった」と述べました。
国会で川名教授は、普天間基地が国連軍の基地に指定されている問題なども指摘しています。この問題は後日、特集でお伝えします。
