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中村アナウンサー「今、学校現場の「平和教育」のあり方について大きな議論がされています」

金城アナウンサー「3月に起きた研修旅行中の事故をきっかけに、国が『政治的中立に反する』と判断したことで、教育現場の萎縮を懸念する声が上がっています」「体験者の思い、そして今に連なる歴史をどう伝えるべきか考えます」

沖縄戦から81年。今、学校現場の「平和教育」のあり方について大きな議論がされています。3月に起きた研修旅行中の事故をきっかけに、国が「政治的中立に反する」と判断したことで、教育現場の萎縮を懸念する声が上がっています。

凄惨な記憶を語り継いできた体験者の思い、そして今に連なる歴史をどう伝えるべきなのか考えます。

翁長安子さん(96)「81年前の15歳の少女が体験した話ですので、想像がつかないと思います」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

1929年、真和志村に生まれた翁長安子さん。戦前は皇民化教育を受けて育った軍国少女でした。

翁長安子さん(96)「私が小学校1年に入学した時に『咲いた咲いた、桜が咲いた。進め進め兵隊さん進め』という国語の教科書で、私たちは小学校1年生が始まりました」

沖縄戦当時、県立第一高等女学校の2年生だった翁長さんは炊事係などとして「郷土部隊」に従軍しました

翁長安子さん(96)「兵隊さんたちはみんな30代のお父さんたちですよね」「夜襲にいくんですよね、米兵が寝ているところに(夜襲に行って)3、4名行くのに帰ってくるのは1人か2人」「このお父さんたち、おじさんたちが死なないといけないのかなと、思っても何も言えませんよね」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

県民の4人に1人が犠牲になった中、翁長さんは戦後、沖縄戦の実相を伝えようと語り続けてきました。

翁長安子さん「今の平和教育の、私は原点になるのは命を守るためだから。国は命を守ってくれないんだから、沖縄戦で見た通りね。軍隊は住民を守らなかったというのが一番の証拠だからさ」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

長年教育現場に携わってきたひとがいます、久保田暁さんです。教員だった両親の影響で同じ道へ、中学校では平和教育の担当を務めてきました。久保田さんの平和教育のきっかけ、それは母親の戦争体験にあります。

久保田暁さん「母に聞いた話をしないと」「もう話をすると涙だけ、語れないということでね、母はそれはできない」「しかしね、それを話さないと、あの戦争のこと、みんなわからないよ。悲惨さとかね、あんな状態にいたという状況わからないよと」

沖縄戦当時、千代子さんは、久保田さんと、兄、衛さんを連れ南部一帯を逃げまどいました。

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

久保田千代子さん(当時93歳)「私がおんぶしているときに、上の子を直撃」「私にあたらないで子供にあたってる。子供は即死。おろしてね、この子も溝においてね。人間が人間じゃなくなるというのはここじゃない。涙もでない」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

久保田さんは、今も母の戦争の記憶を地域の子どもたちなどに語り継いでいます。

久保田暁さん「最後はお家があるところで死のうかなと思った。だから走って一生懸命逃げました。逃げる途中です。米須の近くに来た時に、南の海から大きな爆弾が「ヒュー」とうなりながら飛んできたんです」

児童「戦争のときって生まれて3か月なのに覚えてたんですか」

久保田暁さん「お母さんがみんな話をしてくれて、お母さんはお年寄りになるまで(戦争の話)はしなかった。もうあの怖い戦争は思い出したくないから。でも、教えてって、話をしないといけないからと、何回も何回も聞いた」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

沖縄戦から81年、戦争を知らない世代が多くなるなか、これまで語り継がれてきた沖縄戦の記憶や実相は、今の平和教育に大きく結びついています。

今年3月、名護市辺野古沖、研修旅行で新基地建設現場を見学していた船2隻が転覆、乗っていた女子生徒と船長が亡くなりました。研修旅行を行っていた同志社国際高校の教育について、政治的活動を禁じる教育基本法の違反を認定。

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

初めて、国家が学校の学習内容を特定の見方、考え方に偏る取り扱いと断じました。沖縄の戦後史を研究してきた沖縄国際大の秋山准教授。教育現場の萎縮につながるという見方が広まる中、懸念を示します。

沖縄国際大 秋山准教授「萎縮してはいけないと思うと同時に」「ある種忖度して先回りをして批判されるようなことは回避しようという動きが出てくる」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

平和の礎の建立などと前後し、1990年代以降、学校現場では沖縄戦に焦点を当て平和教育が進められてきました。沖縄が米軍の拠点とされていく、戦後史の研究も進む中、沖縄戦を今に連なる問題としてとらえる視点も出てきたといいます。

沖縄国際大 秋山准教授「いわゆる(1995年の)少女暴行事件以降、基地の整理縮小が言われながらも」「むしろ固定化、拡大となる中で根源を探るとき」「米軍統治、占領もあるし、その前から日本軍の基地接収、近代における日本軍の植民地主義を含めて捉えなおしていこうということで」「重要なのが沖縄戦。沖縄戦は近代の帰結であり、さらに現代の一つの出発点でもある」

歴史と政治、そして生活の関係をこう考えています。

沖縄国際大 秋山准教授「生活は政治と切り離せない、政治の問題として切り取るから見えなくなる」「沖縄の近現代史を扱おうとすれば、政治的側面が常に含まれている。それは現代につながっていると思う」「特定の立場に賛同するかどうかではなく、どういう問題の構図が歴史的に生まれてきたか、矛盾の在り方、構図そのものをちゃんと学んだり、自分で探求するような、そういった教育が必要ではないか」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

生徒ら「安らかに~」

沖縄戦で動員された学徒を追悼する「全学徒の会」の平和祈願祭。平和宣言を行ったのは翁長安子さん。

翁長安子さん(全学徒慰霊祭 6月16日)「昨今、平和学習をめぐり『教育の政治的中立性』について議論が活発化していますが、軍国教育に染められた経験を持つ世代として、私たちは国による教育現場への介入、国民を戦争に駆り立てる動きには強い懸念を示さざるを得ません」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

かつての皇民化教育の下、戦場に駆り立てられた元学徒らは、81年前と今を重ねてみています。

玉城アナウンサー「ここからは、取材を続ける本村記者とお伝えします。本村さん元学徒の翁長さんが語った『81年前と今が重なる』という言葉には、強い危機感を醸し出しているように感じます」

本村記者「はい。翁長さんは軍国教育で戦場に駆り立てられた経験があるからこそ、国家が学校の学習内容を介入する動きに対し、いま強い懸念を感じているのだと思います」

玉城アナウンサー「そして、沖縄の歴史を語る上で、基地などの現代の問題は切っても切り離せないものですよね、それについてはどう感じていますか」

慰霊の日特集 沖縄戦から考える平和教育

本村記者「はい。特定の立場を押し付けるのではなく、なぜこの矛盾が続いているのか『沖縄が置かれた構図』を自ら探求することこそが、次の世代に平和をつなぐための教育になるはずです」

戦後81年の慰霊の日、教育現場を萎縮させないためにも、私たちが歴史とどう向き合い対話を続けていくのか、いま問われています。