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ここからは、首里城復興の今を伝える「復興のキセキ」です。令和の復元では、国や県は、「後継者育成」を目指すとして若手の技術者の起用を進めています。今回は、制作が進む「扁額(へんがく)」に携わる職人を通して育成の現状を見ていきます。

再建が進む首里城正殿、正殿2階の玉座、御差床に掲げられる「中山世土(ちゅうざんせいど)」「輯瑞球陽(しゅうずいきゅうよう)」「永祚瀛壖(えいそえいぜん)」の3枚の扁額

那覇市に寄贈された、尚家古文書「御筆御表具并御額御仕立日記(ぎょひつごひょうぐならびにおんがくおしたてにっき)」で、これまで、扁額の下地が朱色から「黄色」だったことが、古文書の「鏡黄色塗(かがみきいろぬり)」という記述から分かり、額縁の装飾が彫刻物に変わっています。

扁額復元作業に携わる 若手技術者の育成

扁額は多くの知見により、「中山世土」は来月には完成予定で、2枚目の復元は県立芸術大学の3人の彫刻師の手によって着々に進んでいます。

県立芸術大学 長尾恵那さん「めちゃくちゃ難しいですね。なんか最初彫る前も自分がそもそもこれを彫れるのかどうかっていう心配がまずあって」

その1人、県立芸術大学で彫刻を教える准教授の長尾恵那(ながお・えな)さん。長尾さんが取り組むのは、扁額の中心に備え付けられる龍の顔「正龍」です。

県立芸術大学 長尾恵那さん「結構パッと見て、あの印象的なこの髭の部分ですとか、なんかここ折れてしまうんじゃないかなとか。あと口の中もまでこれあの彫刻されてるので、なんか果たしてそこまで手が届くんだろうかとか」

長尾さんが驚くほどの彫刻を手掛けたのは、東京芸術大学の杉浦誠(すぎうら・まこと)さんです。復元では、額縁に9体の龍が透かし彫りの技法で施され、特に中央に構える正龍の瞳の向きは、琉球王国全体を見つめるように工夫されています。

扁額復元作業に携わる 若手技術者の育成

扁額の漆職人も「ものすごく出来がいい。これぐらい彫れる人はほとんど沖縄にいない」と絶賛しています。

県立芸術大学 長尾恵那さん「杉浦先生はもうノーミスで仕上げましたっておっしゃってたんですね。なかなか恐ろしいんですけど、でもそうやってちょっと萎縮してしまうと、それはやっぱり作品というか彫刻にも影響してくるので」

杉浦さんの出来に萎縮してしまうと話す長尾さんですが、後継者という意識を持っていると話します。

県立芸術大学 長尾恵那さん「かつて首里城に飾られてるようなものを作った人が。例えば彫刻家というのであれば自分はまあ自分も彫刻家としての後継者であるという意識はあります。そういう方がおられた際の意思を汲むというか」

もう1人は県立芸術大学の非常勤講師、小泉ゆりかさん。正殿2階の御差床の羽目板や透欄間などの復元に携わっています。「輯瑞球陽(しゅうずいきゅうよう)」は、県芸大の3人が復元を担当し、息を合わせることに集中し美しく見せることにもこだわっています。

小泉ゆりかさん「(扁額は)主題として龍が存在しているというところで、それを深さが限られている中で階層で見せていくていうところに難しいさを感じています。微妙な適正のずれっていうものは出てきますので、それを全体感としておかしくない範囲にとどめつつ、彫刻としても美しく彫っていきたいっていうところがあるのでそこの塩梅っていうところが難しいかなと」

杉浦さんの高度な彫刻技術に刺激を受けながら、復元に取り組む小泉さん。

小泉ゆりかさん「レベルが高いですので、ここまでやらなきゃいけないというところで、あの表面の綺麗さとかも自分も付いていけるようにということで、やる気が出る仕事だなと思っております」

県の人材育成事業の1期生として復元作業に取り組んできた小泉さん。常に職人としての意識や次世代に目を向けてきたことが、今の力になっていると話します。

小泉ゆりかさん「1つ1つがどれだけ残せるか 1人1人だったり、その時々がどれだけ残せるかっていうのが 1番大事で、その小さな積み重ねが最終的な世界の何が残っていくかっていうのを決めていくと次の世代その次の世代に残っていって欲しいっていう気持ちは持ってやらせてはいただいております』

扁額復元作業に携わる 若手技術者の育成

そんな小泉さんの傍で同じ復元を担当する長尾さんは。

県立芸術大学 長尾恵那さん「(彫刻家は)オリジナリティを見せていくか、多分彼女もそれを模索してるところだと思うんですけど、復元事業ってのはそれとこう真逆の仕事で、むしろ自我を消すような仕事で言ったらこれを作った人にちょっと憑依するような。今のような仕事ができるのはすごくあのいい機会なんじゃないかなと』

扁額、「中山世土」の仕上げが行われている浦添市の作業場では額縁に金箔を貼る「金箔押し」(きんぱくおし)の作業が終了。

高温多湿な気候で金の輝きが損なわれず剥がれたりしないよう、金箔の上から生漆(きうるし)を塗り、ふき取る行程である「金箔磨き」(きんぱくみがき)の作業が始まっています。

工房では、ベテランの漆職人に交じり指導を受ける県出身の若手職人の姿があり、真剣な表情で手を動かしています。ことし4月に入社した、嘉数翔さん。初めての作業を「気を抜かず丁寧に」と話します。

嘉数翔さん「地道ですけど、やっぱこの漆の作品がもう何百年で持たせるためには大事な工程なので、あの気を抜かずに丁寧にさせてもらってます」

職人として歩み出した嘉数さん、これからどのような職人を目指したいのか

嘉数翔さん「(職人の)志というか美意識みたいなのがずっと継承されてきたと思うので。職人としてあの活躍できるように、あの邁進してでそれをまできれば次の世代につなげていける役割になれればなと強く思っています」

首里城の扁額などに携わっておよそ20年になるという、漆職人の諸見由則さん。扁額復元が始まって4年間、若手職人を育ててきました。

扁額復元作業に携わる 若手技術者の育成

諸見由則さん「なかなかこういったのに巡り会えないのでだいぶプラスなったと思う、確かに不幸なことにね。焼失したかもしれないけど、それはもうしょうがないので、燃えちゃったら燃えちゃったんだから、あとは若い人たちがどう貢献していくか、今後に逆に目を向けた方がいいのかなと思って」

ただ、令和の復元は平成時と全く違う扁額になったことから教えるスタッフも諸見さんも育成への苦労があると言います。

諸見由則さん「初大変でしたはっきり言って。素人をこの2年間もう本当に大変で、やっと今もう軌道に乗ってきて正殿もうまく流れてここも流れてきてるので、ちょうどどうにか人材育成はできたかなと自分なりにできたと思います」

それでも鍛錬する日々が続けば、若手職人に技術を託すことはできたと諸見さんは話します。

諸見由則さん「僕はもう託せたと思うはっきり言って。(人材育成を)望んでた国もそうで県もそうだけど、それがうまく繋がったんじゃないかなこと今回でと思います。いいように循環して回れば沖縄の漆芸はうまくいきます』

令和の復元は、伝統技術の継承と次世代への人材育成が重要なテーマとして位置づけられています。作業が進む中で、多くの若手職人が、これからの首里城を支えていきます。

案として)非常にレベルの高い技法に萎縮しながらも、一歩も引かずに「次世代へ繋ぐ役割になりたい」と語る若手職人の皆さんの真剣な表情が見られました。

技術の継承がきっかけとなり、ベテランから若手へバトンが渡されるなかで、ことし秋、新しく生まれ変わる正殿とともに、この扁額が掲げられる日が今から本当に楽しみです。

以上、復興のキセキでした。