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沖縄戦に、看護要員として動員され戦禍に巻き込まれ亡くなった「瑞泉学徒隊」の慰霊塔が、2026年5月、糸満市から那覇市の母校跡地に移転されました。
瑞泉学徒隊は、沖縄戦当時、県立首里高等女学校4年生の生徒61人が、看護要員として動員され、33人が亡くなりました。
「ずゐせんの塔」は、終戦を迎え、同窓生たちが犠牲となった生徒や教員を慰霊しようと那覇市首里桃原町の母校跡地に建立したのち、1972年に糸満へ移設しました。
そして、このほど瑞泉同窓会の会員たちの中から、「母校の跡地に戻したい」との声があがり、先月から移転作業が進められていました。2026年5月26日に開かれた式典で、同窓会の元会長の新元貞子さんは、「夢や希望を戦場に捨て亡くなった学徒に、もう一度、この母校の地で、青春を送ってほしい」と思いを巡らせていました。
塔の管理は今後、養秀同窓会が引き継ぎ、2026年6月23日の慰霊の日には、慰霊祭を開催します。
