24年間、封印されていた当時の映像が公開されました。アメリカの同時多発テロから11日で25年の節目を迎えます。なぜ映像を公開したのか、撮影者が思いを語りました。
■米・同時多発テロから25年
撮影者
「落ちてきたのは人じゃないよな?」
あの日から24年間、封印されてきた映像です。
撮影者
「ほら、下の階へ燃え移っている。燃料があるからだ。まだ大勢が中にいるのに…」
撮影したのは、エドワード・スフェラッザさん(54)です。空調設備関連の仕事で現場に居合わせました。
映像の撮影者 スフェラッザさん
「現場に近付き、目を凝らして初めて気付いたことがあった。ビルから大勢が飛び降りていた。熱さに耐え切れず、やむを得なかったのでしょう」
何が起きたのか、ニュースで確認しようとしますが…。
ニュースの音声
「(飛行機が)意図的に世界貿易センターに向かった情報はない」
スフェラッザさんは車で避難を始めます。
スフェラッザさん
「こっちは無事だが、生きた心地がしないので避難する。全部映像に残した」
無線の相手
「気分は?」
スフェラッザさん
「最悪だよ。屋上にいたら突然さ」
この時、道を歩いていた人たちや街全体の様子を覚えていて下さい。画面越しにも混乱や不安は伺えるものの、多くの人は立ち止まることなく歩き続けていたのです。
その直後でした。轟音(ごうおん)とともに粉じんが雪崩のように迫ってきます。瞬く間に視界は夜の暗さになりました。
スフェラッザさん
「大丈夫、絶対に助かる」
この時、ワールドトレードセンタービルの南の棟が崩壊。突風とともに押し寄せたがれきがスフェラッザさんと街を飲み込んだのです。
スフェラッザさん
「ビルが崩れ始め、地響きのような轟音が響きました。粉じんの中で溺れるような感覚」
粉じんにまみれながら、スフェラッザさんはなんとか車内に逃げ込みます。
そこには避難してきた見知らぬ男女もいたといいます。頭も体も灰色で覆われた人の姿が映っていました。
フロントガラスにも雪のように灰が積もっていました。スフェラッザさんは2人を乗せて車を走らせ始めますが、そこに以前のニューヨークはありませんでした。
スフェラッザさん
「交通規制などどうでもよくなって、歩道を走り、確かウォーター通りを下って行った。我が身かわいさに、『家に帰らなきゃ』と車を走らせた。これが攻撃だったら、次はどうなるのか怖くて仕方なかった。58丁目で男性に『家族に会いたい、対岸まで乗せて』と言われ乗せた。私は粉じんまみれで、視界も悪く息苦しいうえ、首にはガラス片が刺さっていたので警察署の前で車を止めました」
■“封印映像”公開 撮影者語る思い
およそ1時間の映像はテロ発生の1週間後にFBIに提供され、24年間、おおやけになっていませんでした。
スフェラッザさん
「(封印の理由を)よく聞かれるが、自分が見たくなくて隠していた」
テープを封印し続けたスフェラッザさんが今回、公開に踏み切ったのはネットで広がる嘘が理由でした。
スフェラッザさん
「『9.11事件は嘘だ』と否定する人が出てきたからです。私は現場を見て、その匂いや味まで覚えている。痛みも熱さも感じた。あんな惨事は二度とごめんです」
(C) CABLE NEWS NETWORK 2026
This programme includes material which is copyright of Reuters Limited and
other material which is copyright of Cable News Network LP, LLLP (CNN) and
which may be captioned in each text. All rights reserved.





































