事故から半年が経ち、きょうも花が手向けられていました。現在も捜査が続くなか、あの日 何があったのか。当時の現場映像や開示資料をもとに事故の状況を検証します。また、QABでは、亡くなった武石知華さんのご両親に、今の思いを伺いました。
本村記者「屋根部分がなくなり、操縦席が激しく破損している様子が確認できます」
転覆した「不屈」の金井創船長と研修旅行で「平和丸」に乗っていた当時高校2年生の武石知華さんの2人が亡くなった、名護市辺野古沖での2隻の転覆事故。

いまも海保による捜査が続けられる中、事故当時の取材映像や開示された公的資料などから、”あの日何が起きていたのか”振り返ります。
辺野古漁港の防犯カメラには、午前9時24分ごろ、同志社国際高校の生徒18人と乗組員3人を乗せた「不屈」と「平和丸」が漁港を出発し、沖合へ向かう船の様子が映っていました。
当時、波浪注意報が発表されていましたが、海の状況を確認する朝の船長会議で、出港の判断に至ったとされています。
9時48分ごろ、中城海上保安部の船が、辺野古崎付近の海上を航行する2隻を視認。「波が高いので十分気を付けてください」などと拡声器で安全指導を繰り返し行いました。
そのおよそ20分後の10時10分ごろ。事態は急変します。生徒らを乗せた「不屈」が転覆する様子を海上保安官が視認。そして、不屈の転覆からわずか2分後の10時12分、知華さんが乗っていた「平和丸」も転覆します。
平和丸乗組員男性「平和丸はその2分後に駆けつけて、なんとか助けたいという思いで一心で、波が来ているのも気づいて、なんとか波を立てようとしたものの、舵を切るのも少し遅れてしまって、転覆してしまったということです」
「平和丸」が転覆した、2分後―
生徒「辺野古のボートツアーに参加していたが、乗っていた船がひっくり返った」
10時14分から16分にかけて、3件の118番通報が入ります。うち2件は生徒からとみられ、全員が船から落とされたことや、救命胴衣は着ていること、そして、海保に指示を仰ぐ緊迫したやりとりが記録されていました。
10時20分ごろ、海保の船が現場海域に到着し、救助と捜索を開始。10時26分には、名護市消防本部に海保から救助応援の要請が入ります。海保は、10時38分までに、海へ投げ出された知華さん以外の20人を救助しました。
10時44分。救急車が辺野古漁港に到着。心肺停止の状態で搬送された金井船長は、事故発生からおよそ2時間後に死亡が確認されました。10時46分ごろ、海上で捜索を続けていた海上保安官が、平和丸の船内に取り残される知華さんを発見します。
消防の記録によると、現場に到着した際、知華さんのライフジャケットは船体に引っかかっていたといいます。その後、11時15分ごろ、消防の潜水士によって知華さんは船内から救助されました。
先に陸へ引き揚げられた生徒たちが、毛布でくるまれるなど現場は騒然となり、警察が「平和丸」の船長から事情を聴く様子もあります。救助された知華さんを乗せた船は11時24分ごろ、漁港に到着。すぐに救急車で病院へ搬送されましたが、12時29分、死亡が確認されました。

知華さんの両親が学校から正式に連絡を受けたのは12時36分ごろ。事故発生から2時間以上が経ち、すでに娘が亡くなったあとの報告でした。
遺族「もう少し早く連絡をもらえていれば、声を届けてあげられたかなって」
研修旅行中で起きた、突然の転覆事故。第11管区海上保安本部が、業務上過失致死傷などの疑いで捜査を続けていますが、「なぜ娘の命が奪われたのか」
学校側と運航団体の安全管理の杜撰さが指摘されても、遺族にとっての時間は、あの日のまま止まっています。
知華さんの父「この半年というのは、本当に長い道のりが待っている段階なんだというのを感じています。」
QABの取材に語ったのは、武石知華さんのご両親です。あの日、突然、愛する娘を失い、深い悲しみが癒えることはありません。
知華さんの父「知華がまだそばにいる感じで、そう信じて日々過ごしているので、知華について語るのは本当に日常というか当たり前のように行っています」
知華さんの母「本当にずっと会いたい会いたいって伝えることしかできない」
月日が経ち、少しずつ現実を受け止めるなかで、学校から十分な説明はなく、不信感が募るばかりだと話します。
知華さんの父「学校に関しては、この半年間、自分が感じてきたのは(学校側の)一貫した保身。これがもとでなかなか私たちに正直な正確な反応や情報が入ってこなかったと思っています」「調査中、捜査中、これを理由になかなか生徒にも保護者にも伝えるべきことを伝えてこなかった」
また、運航団体・ヘリ基地反対協議会に関しては、複雑な思いを抱いています。
知華さんの父「謝罪の申し入れというのが以前から受けております。私たちにとってすごく大切なのは誰がどのようなことに対して謝罪をするつもりなのか。私たちは納得できるのかどうかという判断をしながら保留にしていた」「まずは謝罪というよりは説明を聞きたい。この6カ月、運航団体として、どのような検証を自分たちでしてきて、何がまずくて、本来こうあるべきで、こう改善していく。そういった彼らなりの検証結果というのはしっかり話を聞きたいなと。まずはそこからかなと思っています」

ことし7月、両親は、当時の校長らと船を運航する「ヘリ基地反対協議会」のメンバーらを刑事告発。第11管区海上保安本部による家宅捜索や関係者への聴取など捜査が行われています。しかし…
知華さんの父「告訴以来、海上保安庁とは連絡というか、接触というか向こう側からの報告も含めてないです」
事故の詳細が明らかにならないなか、ことし8月には、「全容解明と再発防止を求める会」を設立。インターネット上で支援を募るクラウドファンディングを立ち上げると、多くの支援や励ましの声が寄せられたと話します。
知華さんの父「本当にこの事件を風化させてはいけないというメッセージ、それからこれからの子どもたちがより安全に課外活動を行えるのであれば本当に応援いたしますと、そういう温かいメッセージや応援メッセージをたくさんいただいています」
励ましの声に支えられながらも、家族が切実に求めるのは、事故の全容解明です。
知華さんの母「自分の罪が重くなってしまうから、これは黙っておこうとか、自分の罪が重くなってしまうから、謝れない認められないという姿勢が今までもずっと続いていて、これが刑罰があるから真実が語れないって私は違うと思っていて、死んでしまった私たちの娘に対する誠意として、それはあまりにもひどいのではと思う」
知華さんの母「きちんと原因が解明されて真実が明らかになってその上で、じゃ、次に起こらないようにどうしたらいいかっていうステップに進むためにも、自分の罪とか刑とかっていうものを横に置いて、きちんと真実を語ってほしいなと思います」
両親がこうした動きをする中、学校側は、先月「外部専門家による検討委員会」を設置し、そこで出された結果を、すぐ公表する方針をみせました。

知華さんの父「学校に関してだけでも、まだ残りの教育に関する調査、これはこれからということですので、まだ進捗としては50%ぐらいなのかなと」
事故から半年。どれだけ時間が過ぎても、悲しみが消えることはありません。二度と同じ事故を起こさないために両親が、知華さんへの思いを語りました。
知華さんの父「少しでも課外活動などが安全に行われるようになって、いつか知華がまたどこかに戻ってたときに、自分たちが「知華、今回とは違って、もう全然安全で良い社会になっているね」とそう思われるように頑張っていきたい」
知華さんの母「私の気持ちを横に置いておいて、知華に6か月経った今伝えるとしたら、パパとかお姉ちゃんが”note”頑張って書いてくれて、世の中の人が、多くの人が一緒に支えてくれて、今回みたいな残念な事故が起こらないように、変えようと頑張ってくれている人が、 たくさんいるんだよって。知華の死を無駄にしないで、安全な課外活動が行える未来を残せるように、みんなで頑張っているんだよ。何かが変わろうとしているんだよっていうのを伝えてあげたいなって思います」
悲しみを抱えながら、真相を求め続ける遺族。この声にどう向き合うのか、誠実な説明と再発防止策が求められています。
ここからは、取材にあたった當山記者とともにお伝えします。両親への取材では、どのようなことを感じましたか?
當山記者「両親は深い悲しみを抱えながらも事故当時に何があったのかを明らかにし二度と同じ事故を起こしてほしくないという思いで取材に応じてくれました。知華さんを思いながら時々、声を震わせ語る姿をみて大切な家族を失った悲しみと今も残る疑問に向き合い続けていることが伝わってきました」
一方、船を運航していたヘリ基地反対協議会は事故から半年をどのような心境で迎えたのでしょうか。
當山記者「今回、ヘリ基地反対協議会に取材を申し込んだところ共同代表2人の連名の手紙で回答がありました」
當山記者「まず『事故から半年を迎えての心境』についてヘリ基地反対協議会は亡くなった武石知華さんやその家族引率職員などの関係者が背負っている苦しみや悲しみを思うと今も後悔と痛恨の念が尽きないと回答しました。また、失われた命の重みを一日たりとも忘れず反省と深い哀悼の思いを日々深めているとしています」
その引率教員が亡くなったことについても回答しているのですね。
當山記者「はい。ヘリ基地反対協議会は事故当時に生徒を引率していた教員が亡くなったとの報道を受け『言葉を失うほどの衝撃と深い悲痛を覚えている』としました。また、武石知華さんの家族が公開しているNoteに記された『責任から目をそらさず、全員で痛みを分かち合い再発防止を果たす』という問いかけを重く受け止め真実の解明に誠実に向き合うとしています」
今後は、どのように対応していくのでしょうか。
當山記者「海上保安庁による事故調査にも引き続き全面的に協力するとしています。そのうえで、今後の活動や組織のあり方については船による海上行動を続けるかどうかも含め内部で慎重に検証と見直しを進めているということです。さらに、家族には代理人弁護士を通して改めて謝罪の意を伝え今後の誠意ある対応について協議を模索していると回答しました」
インタビューの中でも両親が求めている事実の解明についてはどうでしょうか。
當山記者「なぜ船が出航し、現場でどのような判断があったのか。また、学校側と運航団体の間で、安全に関する情報がどう共有されていたのかなど詳しい経緯は今も明らかになっていません。事故から半年は、ひとつの区切りではありません。二度と同じ事故を起こさないためにも関係者には、両親が抱く疑問と向き合い具体的で丁寧な説明を続けることが求められています」
ここまで、當山記者とお伝えしました。







































