最速157キロを誇る横浜高校のエース、織田翔希投手(18)が、日本のプロ野球を経ずに、アメリカで挑戦することを表明しました。
■「最終目標は世界一の投手」
横浜高校 織田翔希投手
「まず、初めに、このような場を設けていただき、お集まりいただき、ありがとうございます。昨日までの各球団の皆さまとの面談でもお伝えさせていただきましたが、自分の最終目標である世界一のピッチャー、世界で活躍するという目標に向け、アメリカの地で挑戦することに決めました。小さいころは、NPBに夢を持っていましたし、NPBを通ったほうがメリットが多いことがあるかもしれませんが、世界一でプレーしたい。本当に、この思いが、一番、背中を押してくれた」
織田投手の最大の武器は、身長186センチから振り下ろす力強いストレートです。今年の神奈川大会では、自己最速となる157キロをマーク。4季連続出場となった夏の甲子園では、156キロを記録。春夏の甲子園を通じ、歴代最速記録を打ち立てます。
■転機は「日の丸を背負った戦い」
卒業後の進路については、プロ志望届を提出し、日本の12球団すべてと面談してきました。
それなのになぜ、アメリカへ。
横浜高校 織田翔希投手
「一番は侍ジャパン、U18の経験をさせていただいて、初めて自分も日の丸を背負って、国を越えて戦わせていただいた」
先月、高校日本代表として出場した『U18アジア選手権』。
先発したスーパーラウンドの台湾戦では、最速155キロのストレートを武器に6回1失点7奪三振の好投を見せましたが、そこで感じたこと。
横浜高校 織田翔希投手
「(U18では)日本にはないような、ここでやる選手は、すごくトップの選手が集まっていて、そのなかで試合をさせていただいて、こういった舞台で、さらに上を目指してプレーしたいという刺激を、ほかの選手からもその環境からももらい、ここまで悩んできました」
■背中を押してくれた母の思い
高校卒業後、すぐというタイミングについて。
横浜高校 織田翔希投手
「このタイミングでアメリカに行く理由は、若いうちから生の英語に触れることで、メジャーリーグに上がった際に、自分の意思をチームとしっかり意思疎通を図れる、そこが一番かなと。(Q.家族とはどんな相談をした)お母さんは二人三脚のように常にそばに、そして、常に連絡も取り合ってくれていたので、本当に全部を話して、それを踏まえたうえで決めました。(Q.背中を押してくれた)『自分のやりたい道に進んでほしい』と快く言ってくれました」
織田投手の母親が取材に応じてくれました。
織田投手の母親
「やってみて後悔するのは仕方ないですけど、行かなかったことに、後悔することだけはしてほしくない。横浜高校に決めたときも、そうですけど、直感でも行きたいって思うのであれば、もう、そこの道で頑張ってほしい。(Q.(挑戦に)迷っていた部分はあった)ありました。家族を大事にしてくれるので『家出て大丈夫か』みたいなことは心配してくれました。(Q.背中を押す決断をしたんですね)そうですね、息子の人生なので」
■恩師に明かした“今月の渡米”
小・中学校と、地元の軟式チームで野球をしていた織田投手。中学生のときには、軟式球で143キロのスピードボールを投げていたそうです。
織田投手を6年間指導 足立クラブ 西晃功 コーチ
「体は細かったですよ、つまようじみたいな。背は、人より頭1個分ぐらい高かったけど。(Q.最後に会ったのはいつ)夏の大会終わって、U18に行く前です。(Q.そのときはもう世界を意識していた)世界を意識というより、自分が成長できるところを求めている感じ。(Q.アメリカへの挑戦、率直な感想は)正直、やっぱりなという気持ちですね。(Q.10月以降に織田選手がアメリカに行ったという記事を見たが)行ったあとに聞きました。もともと自分で進路を決めたいと言っていたので、それは当然ですよね。本人が目で見て、環境とかを感じての決断だったんだろうと」
■異例の決断「自信と覚悟を持って」
ドラフト1位候補とされる高校生が、日本のプロ野球を経ずに、そのままメジャーリーグと契約すれば極めて異例です。
横浜高校 織田翔希投手
「アメリカ挑戦ですが、マイナーリーグもそうですが、大学も考えています。たくさんの方々の思いも背負って、アメリカの地で挑戦したい」
7月にマーリンズとマイナー契約した佐々木麟太郎選手も、アメリカの大学に進学する道を選びました。
一方、日本の球団が織田投手をドラフト指名することも制度上は可能です。
2012年には、メジャーリーグ挑戦を表明していた大谷翔平選手を、日本ハムが1位指名。1カ月以上の交渉を経て、入団に至った経緯があります。
しかし、織田投手が見据えているのは、あくまでアメリカです。
横浜高校 織田翔希投手
「これまでたくさん応援してくださった方々も、表も裏も関係なく、常に応援してくださった方々、支えてくださった方々のおかげで、今があるというふうに思っています。その方々への感謝の気持ちを忘れずに、必ず、恩返しできるように、自信を持って、覚悟を持って、アメリカの地で挑戦していきたいなというふうに思います」
■“直接メジャー”への道のりは
織田投手は、来年1月15日以降になると、MLBの球団と契約を結べることになります。これは、球団が選手を指名するドラフト制度とは違い、選手本人が、オファーがあった複数の球団の中から、自由に選ぶことができます。ただ、自分が球団を選べても、織田投手の場合、必ず、マイナー契約となります。
MLBでは、資金力のある球団だけが、巨額な契約金を使って、有望な若い海外選手を獲得するのを防ぐために、25歳未満の海外選手に対してはマイナー契約で、契約金に制限を設けています。
大谷選手が23歳でメジャー挑戦したときも、エンゼルスとはマイナー契約で、契約金は、当時のレートで約2億6000万円でした。織田投手が、直接、メジャーへ挑戦しても、契約金や年俸が数十億円となることはありません。また、すぐにメジャーのマウンドに立てません。各球団40人しか登録枠がないMLBに入るためには、最低年俸約310万円~約560万円のマイナーリーグで実績を積み上げていくことになります。
◆織田投手がチャレンジする環境について、メジャー取材歴31年のMLBアナリストの古内義明さんに聞きました。
古内さんは「近年、マイナーリーグの“育成環境”は格段に整っている。食事管理や語学など生活面のサポートや、アップグレードしたトレーニング施設、データを駆使した動作解析が充実している。例えば、現在の身長・体重、血液検査、筋肉量、ボール回転数を分析して、将来の球速アップなどを予測し、それに合ったトレーニング法を提案。こうした育成環境を球団側がアピールしている」と話します。







































