まずは野球の話題、夏の甲子園が終わり次のステージに向けて歩み始めた3年生たち。そんな中、引退した3年生がもう一度本気で野球と向き合う「ジャパンサマーリーグ」が開催されました。病を乗り越え再びグラウンドに立った選手を取材しました。
沖縄市の球場に集まったのは引退した全国の3年生・36人の元高校球児。3チームに分かれ5日間の熱戦を繰り広げるジャパンサマーリーグに特別な思いを持って挑んだ選手がいました。
泉川欧賀(いずみかわ・おうが)くんです。
小学2年生の時に野球を始め、チームではエースで4番。中学では硬式野球チームで全国の舞台も経験した泉川くん。憧れの甲子園を夢見て、興南高校に入学しました。
元興南高校 泉川欧賀(おうが)選手(現:鹿島朝日高校)「1年生の時に甲子園に行った先輩方がとてもかっこよかったので」「自分も甲子園に出てみたい気持ちで頑張っていた」

仲間とともに切磋切磋し練習に励んでいた泉川くん。しかし、その日々は長く続きませんでした。2年生になった去年4月、めまいや頭痛が毎朝続く重い病を患ったのです。
元興南高校 泉川欧賀選手「起立性調節障害」
自立神経の乱れによる病気で、頭痛や倦怠感などに悩まされ8月には学校に通うことが困難に。高校野球は諦めるしかありませんでした。
元興南高校 泉川欧賀選手「本当につらかった」「投げられないし素振りもできない」「走ることも無理で」「けがをしていないのに動けない感じで」「本当に悔しくて」

その後、通信制の学校に転入。歩くことさえ難しいほど病状は悪化しましたが、半年間のリハビリ生活の末、復活。今年6月にはキャッチボールができるまでに回復。完全復活を目指す中でリーグにかける思いがありました。
元興南高校 泉川欧賀選手「自分がもう一度野球に挑戦したい思いが強くて」「甲子園の真っ最中に(沖尚の試合を)ずっと応援していて」「まだ自分は高校野球にこんなに熱くなれる」「大学でも野球に挑戦したくて参加した」
再び野球への思いが強まった今、泉川くんの夏が始まります。
約1年ぶりに立つグラウンド。今では軽快にボールをさばけるように。この日はスタンドから父・勝也(かつや)さんも見守ります。

父・勝也さん「正直うるうる」「動けるようになったこと自体がうれしい」「欧賀!しっかり楽しんでやるんだよ」
泉川くんは1番・サードで先発出場。そして迎えた初打席。
元興南高校 泉川欧賀選手「自分のやってきたことを出せる場だと思うので」「初球から狙っていきたい」
積極的にバットを振るも空振り三振に倒れます。その後も、打撃で積極性を見せるも、この日はノーヒットに終わりました。
元興南高校 泉川欧賀選手「めっちゃ悔しい」「この5日間で自分の改善点とか見つけ」「自分に合わせたトレーニングで自分のレベルを上げていきたい」
最終日のこの日はベンチスタート。それでも仲間を声で鼓舞します。守備から仲間が戻ってくるとベンチから出て迎え入れる。プレーだけではなく仲間のために動く泉川くんの姿がありました。

チームは2点を追う5回、1・3塁のチャンス。ここで泉川くんが打席へ。この日も家族がスタンドから見届けます。
今ではフルスイングができるように。必死に食らいつくもファーストゴロに倒れます。そのウラにはサードの守備へ。
強烈なサードライナーに素早く反応。チームを救います。そして7回2アウト。泉川くんにとって最後の打席。最後まで高校野球に挑めなかった悔しさがこみ上げます。
勝利には届かなかった。それでも、もう一度野球を全力で楽しめた。特別な夏でした。
父・勝也さん「よかったな」

元興南高校 泉川欧賀選手「高校時代にやり切れなかった部分をこの場でできたのはすごくよかった」「父親も(自分の)体力を戻せるように」「一緒にトレーニングしてくれたので」「本当に頼りになるいい父親」
父・勝也さん「楽しくできれば一番いいと思ったので」「表情見た限り初日とは全然違うので」「これでよかった」「本当に楽しんだなと思って」
元興南高校 泉川欧賀選手「5日間サポートしてくれて本当にありがとう」
泉川くんのプレーする姿からまた野球ができる喜びが伝わってきました。泉川くんはなんと3日目に2打数2安打。4日目にはタイムリーを放つ活躍を見せました。今後は大学野球のために受験勉強と野球の練習に励みたいと話していました。







































