81回目の沖縄「慰霊の日」です。戦争の体験を音楽の力で未来に伝えようとする女性を取材しました。
■記憶どう継承?奮闘する女性
沖縄戦最後の激戦地・糸満市にある平和祈念公園が静かな朝を迎えました。
決して忘れられない人たちの名前が「平和の礎」には刻まれていました。
佐久川富子さん
「自分は生きてて子孫を残した。こんなありがたい話はないけど、申し訳ないなという気持ちもある」
23日は81年前、沖縄戦が終わったとされる日です。当時、佐久川さんは16歳。両親や多くの友人を亡くし、カタツムリを食べて飢えをしのいできました。
佐久川富子さん
「戦争はないほうがいいよ。やめてほしい。世界は話せば…話し合いをすれば分かる。どこの方でも一緒なのよ、気持ちは。言葉は違うけど。気持ちは一緒と思うよ」
太平洋戦争末期、沖縄本島を中心に繰り広げられた国内唯一の地上戦が「沖縄戦」です。
3カ月にわたったこの戦闘で、およそ20万人が亡くなり、多くの一般住民が巻き込まれました。
豊崎中2年 亀谷琉奈さん(14)
「まだ若かった曽祖母は、小さな体で必死に走った。もしあの日命を落としていたら、私はここにいなかった。平和は当たり前じゃない。たくさんの人の涙と苦しみと“生きたい”という願いの上にある」
汗ばむ暑さのなか営まれた沖縄の戦没者追悼式には、高市総理も出席し、あいさつに臨みましたが…。
怒号が相次ぎ、声をあげた男性が取り押さえられる場面も見られました。
高市総理大臣
「(Q.『戦争やめろ』『9条守れ』という声が出た?)『戦争やめろ』と。今、日本は戦争をやっておりません。平和を守るために、国民の皆様の命を守るために、防衛力はしっかりと自主的に強化をしたい」
沖縄出身の久保田さんは、6月23日が「慰霊の日」であることを知らない人が多いことを痛感し、毎年、沖縄戦で起きたことや戦争の悲惨さを伝えるイベントを開いています。
沖縄・宜野湾市出身 久保田清美さん(62)
「次の世代に語り継がないと、どこかで途切れてしまう。どこかでまた間違った道に走ってしまうかもしれない。間違った道に少しずつ歩んでいくのではという恐ろしさがある」
沖縄県民の90%以上が沖縄戦を経験していない現在、語り継ぐことの大切さを訴えています。






































