ここからは「週刊首里城」です。きょうで、正殿一般公開までちょうど1カ月となりました。工事もいよいよ最終盤。現場は在りし日の姿を迎える期待感が高まっています。
来園者(埼玉から)「なんとか雨が上がっていたので良かったと思って来た」「きれいに鮮やかな色がよみがえっていてすごい」

来園者(福岡から)「立派になった またきれいになったと思う」「全体が赤で 龍とかがあってきれい」
台風の影響で、カウントダウンボードは倒されていましたが、一般公開まであと31日。あいにくの天気の中でも、完成間近の正殿を一目見ようと多くの人が訪れていました。
去年7月には、建物の外観が完成しました。その後も内部の塗装や彩色などが進められ、先月(9月)末には、正殿とその左右につながる両廊下の工事が完了しました。

最後に残った仕事の一つが「磚瓦(せんがわら)」と呼ばれる瓦の床材を建物周辺に敷き詰める作業です。黙々と手を動かすのは、平成の復元にも携わった伊計安さん。今回は、大龍柱をはじめとする石工事全般を指揮しました。
石工 伊計安さん「長いようで短いっていう気持ちが本音だがあっという間に通り過ぎた また携われて、本当に良かったと思う」

この磚瓦にはある秘密が。
石工 伊計安さん「平成の復元時の思いを受け継いで西の廊下は平成の時の磚瓦を使っている」
完成後は入場口となる西之廊下では焼け跡から取り出した約2千枚の平成の磚瓦を再利用。来園者を出迎えます。
そして先週末。磚瓦の施工も無事終了。伊計さんにとって2度目の復元は一区切りを迎えました。

石工 伊計安さん「携わったからにはやり遂げるという気持ちで、折れずに完成するまでという気持ちでやってきているから、もうここにどっしりとある通り、何も申し分ないと思う」「平成(の正殿)と比べるだけではなくて、令和の良さも入った首里城になっていると思うので、そのままの状態でずっと残っていってほしい」
いよいよ、“つくる”段階から、“迎える”段階に入ってきた感じがしますね。
玉城アナウンサー「そうですね。現在は防災設備の整備も進められ、二度とあの火災を繰り返さないための備えが続いています」

「そして戸田さん!完成目前の今だからこそ、34年前を振り返ってみたいと思います。平成の正殿が完成した1992年、人々はどのように迎えたのでしょうか」
沖縄戦での焼失からおよそ50年が過ぎた1992年。よみがえった首里城を前に人々から聞かれたのは、驚きの声でした。
男性「昔のものとは全然色が、みんな違うんですよね」

男性「こんなに鮮やかな塗りがあるとは知らなかったですね」
戦前の正殿を実際に見た世代も多かった当時、その記憶にあったのは、王国の終焉から長い年月を経て、色あせ、傷みも進んだ姿でした。

一方、平成の復元で目指したのは、18世紀、王国時代の首里城。だからこそ、鮮やかなその姿は人々の目に新鮮に映りました。
男の子「ちょっと派手ですよね」
男性「こんなに立派になるとは思わなかったですね」「昭和10年(1935年)ぐらいに見たが、あの時は古いもんだったもんだから、色鮮やかになって、きれいになっている。格好なんかは戦前と同じみたい」

女性「大変素晴らしくて、さっきから見惚れている。私、首里の人間ですから、すごく待っていたんですよね」
女性「とっても鮮やかできれいで上等だなと思う」
あれから34年。今度は私たちが、新しい正殿を迎えます。
皆さん、本当に待ちわびていたんだというのが表情からも伝わってきますね。
玉城アナウンサー「そうですね。私は火災当時大学生で、焼失前の首里城にも何度も足を運んでいたので、その姿を鮮明に覚えていますが、特に火災後に生まれた子どもたちにとっては、完成した正殿を見るのは今回が初めてなんですよね」
1か月後、ここにはどんな表情があって、どんな声が聞かれるのか、楽しみですね。
以上、「週刊首里城」でした。







































