ここからは沖縄の「今」を見つめる「イマジンおきなわ」です。今年は「らい予防法」が廃止されてから30年です。
これを記念して名護市にある沖縄愛楽園交流会館では今、近隣に住む画家の桑江良健さんの絵画と愛楽園の人々の証言集・文芸作品を併せた作品展が行われています。

名護市の屋我地島にある沖縄愛楽園。1938年に開園し、国の隔離政策によりハンセン病患者が強制的に収容された歴史を持ちます。今は、静かで穏やかな時間が流れています。
現在この交流会館で開催されてているのは、画家の桑江良健さんの絵画と愛楽園の証言集、文芸作品の展示。

沖縄愛楽園交流会館学芸員 鈴木陽子さん「今年がらい予防法廃止の30周年で、国賠訴訟の勝訴判決から25年という節目の年ではあるんですけども」
ハンセン病患者に対する90年に及ぶ強制隔離政策が違憲であると判決が下されたのは2001年5月。裁判のあと愛楽園の人々は「地域との共生」を掲げて様々な活動を行ってきました。

鈴木陽子さん「自分たちも外に出ていく、地域の人も入って来て下さい、という展開をしていたのがコロナ禍でピタッとダメになって」
その後、行動制限が解除されても地域との交流が復活することはありませんでした。

鈴木陽子さん「もう一度、今度は地域の人と一緒に、地域の人が愛楽園に来る、愛楽園からも出ていく、そういう場を一緒に作っていく、というきっかけを作りたいというのが一番最初で」
そこで長年、愛楽園の近所に住み創作活動を続けてきた画家の桑江良健さんが、ともにこの「場」をつくることになったのです。

画家 桑江良健さん「(近所に)40年位住んでいますからね。(明日どこへ行くかしれないけど僕の性格上)ただ、縁を感じる」
桑江さんは若い頃に訪れたフランスで絵画と出会い、独学で絵を習得して画家に。沖縄に戻ってからは「何かに導かれるように」住むことになった屋我地や名護、そして沖縄をめぐる絵を描き続けてきました。その鮮やかな色彩に魅了されたファンも多く、県内外から訪れています。
宜野湾市在住の男性「描写がすごいですね。人間の魂というかハートが入っている作品が多いなと感じました。良健さんの思いと繋がっているなと」
沖縄市在住の女性「良健さんの絵が好きで、ここに4回目、通っています。人間味あふれる、あじくーたーっていうんですかね、ピッタリの言葉があじくーたーっていう感じで」

桑江さんの世界観を現す作品群のタイトルは「あじくーたーの世界」。妻で人形使いの純子(じゅんこ)さんを中心に、周囲をすき間なく取り囲む人形たちやキジムナーが織りなす鮮やかな色彩に彩られ、今すぐにでも動き出しそうな、命の息吹を感じさせます。
桑江良健さん「『あじくーたー色彩空間は神様からの贈り物』『如来に至る』と。これは僕がやったんじゃなくて神様が僕に与えたんじゃないかなと、この屋我地で。ハンセン病という非常に苦労された人が頑張って頑張って勝ち得た、偶然でもこの会場をあてがわれて展覧会をして。神様からの贈り物、時も、場所も」
那覇市在住の女性「『神様からの贈り物』本人もそう言っていたが、心が洗われる感じで、細かい描写、繊細さ、すごく癒されまして、心が洗われました」
桑江良健さん「縁ですよね、まったくもう」

鈴木陽子さん「地域で生活をされている桑江さんが40年間のなかで、ここで愛楽園の方々と同じ時を刻んでいたという、その40年間に愛楽園の方はここで暮らさざるを得ないということでもあるが、隔離されて大変な状況でも人間らしく生きたい、という人たちが一生懸命、すごく葛藤を抱えながらも人として生きたいという思いで暮らしているので」
愛楽園で暮らす人々の豊かな精神世界の一端を証言集や短歌、文芸作品としてみることもできます。
鈴木陽子さん「隔離されて、あっちとこっちではなくて、本来ここで暮らしていた人たちが地域であったのはず日常生活があって、そこに思いを巡らせてほしいなというところですね」
桑江良健さん「すごいパワーがありますよね、そのおこぼれにあずかって桑江良健は展覧会をしている」

「あじくーたー色彩空間は神様からの贈り物、仏教で云う如来、絵画の如来に至る」
桑江さんの「あじくーたーの世界」が愛楽園の人々の世界と出会った賑やかで豊かな色彩空間が、そこには広がっています。
桑江さんの作品は100号の絵画15点を中心に、小さな作品も含めると100点以上が展示されています。
また愛楽園の文芸活動は戦後まもなくから始まっていて、これまでに様々な賞を取っているということです。その文芸作品の数々を見ることができます。
この展示会は今月末までの開催となっています、ぜひ足を運んでみて下さい。







































