今、陸上競技に励む高校生たちに「伝説」と称されているのが上原琉翔(りゅうと)選手です。中村キャスターが話を聞いてきました。
キャプテンとしてチームを引っ張った國學院大学をこの春、卒業。新たな歴史を刻んだ大学陸上を振り返り「これから」についても語ってくれました。

この春、4年間の大学陸上を終え、実業団での競技を始める上原琉翔(うえはら・りゅうと)。中学まで続けた野球で俊足が注目され、頭角を表した北山高校を経て國學院大学へ。
番組は、チームの看板を背負うべく地元での合宿に励む姿を取材していました。
國學院大学1年(当時)上原琉翔選手「関東の強い人たちと練習する中で、たくさんの学びが大学駅伝にあると感じる」

國學院大学 前田康弘監督「出雲とか、全日本大学駅伝とか、箱根の三大駅伝で、個人でも区間賞を取るくらいの選手に育てたいという思いはある」
2024年11月、全日本大学駅伝。周囲の期待に応え、3年生の時にアンカーを任された全日本大学駅伝では、出雲に続く優勝に貢献。

上原琉翔さん「國學院としても初めての日本一、全日本優勝になった。そして同じ県勢である(嘉数)純平が1区でスタートして、自分がアンカーのゴールテープを切る。沖縄県にとってもいい大会になったかなと思う。初優勝のゴールテープを切ったことは、自分としても誇り」

長距離選手が育ちにくいといわれる沖縄で実力をつけ、國學院のエースへ。そのそばには、中学生の頃からともに厳しい練習に耐え、チームメイトとして励まし合った親友の存在がありました。
上原琉翔さん「ゴールテープを切ったシーン、純平が迎え入れるシーンは今でも鮮明に覚えているし、何度も夢に出てくるくらい思い出深いシーン」
去年11月の全日本大学駅伝。4年生になり、チームを引っ張るキャプテンとして挑んだ出雲は連覇。しかし、同じように連覇を見据えた去年の全日本では4位と大きく後退。思うような結果は出ませんでした。

中村アナウンサー「あの辺りが一番苦しかったのかなと見ていたが?」

上原琉翔さん「7・8区の自分と青木が失速してしまった。チームの敗因にも影響した部分があった。チームとして主軸として、もっとやらなきゃという部分で重圧はかなり、あのレース後が苦しかった」
沖縄を離れ、様々な思いとともに駆け抜けた大学陸上。新社会人として踏み出す一歩に何を見据えているのでしょうか?

上原琉翔さん「チームで勝つために陸上競技をやってきた。春からは富士通に入社するので、個を磨いて、団体の勝負ではないので個人の勝負になる」
中村アナウンサー「どんな選手像を描いていますか?」

上原琉翔さん「沖縄県民でもやれるんだと証明したい。子どもたちの憧れになれるような選手。沖縄県民から長距離で、五輪や世界陸上に出場できるような選手になりたい」
キャプテンとして國學院を引っ張り、チームの輝かしい成績に貢献した上原選手。この春からは陸上の名門・富士通で2年後のロス五輪を見据えた練習が続きます。
これからの活躍に期待しましょう!







































