オランダを訪問中の天皇皇后両陛下は、第2次世界大戦の戦没者記念碑に花を手向けられました。日本軍によって父を失い戦争を生き延びた女性に思いを聞きました。
今年、95歳のクリスティーン・ファンデンへメルさんは、旧オランダ領東インド、現在のインドネシア・ジャワ島で生まれました。
クリスティーン・ファンデンヘメルさん
「(戦争前は)とてもすばらしい生活だった」
オランダ人の父とジャワ島出身の母を持ち、1942年に日本軍が占領するまでは採掘事業で裕福な暮らしを送っていたと話します。
「すべてなくなってしまった。家の天井もなくなり、本当に何もかも失われてしまった」
オランダ人が強制収容所へ送られるなか、現地にルーツをもつファンデンへメルさんは収容を免れました。
父は日本軍に協力していましたが終戦間際に拘束され、帰らぬ人となりました。
「日本の占領時代はとてもひどかった。塹壕(ざんごう)を掘り終わったら、海に捨てられる(と父から聞いた)」
戦後に夫となるファンメンクセルさんはオランダ領東インド軍の兵士で、弟とともに長崎市内の造船所で強制労働中、原爆に遭遇しました。
「夫はひん死の弟のためにコメを盗んだら、銃剣で3カ所刺されたんです」
結婚した2人を含め、多くの人がインドネシア独立を機にオランダへ移住しましたが、日本の占領期間の賃金は未払いのままで、オランダ政府に対して支払いを求めていました。
ファンメンクセルさんは1986年に亡くなり、オランダ政府は2015年に一時金を支払いましたが遺族は対象外でした。
ファンデンへメルさんらは今も支払いを求めています。
「(日本の)国民を悪く言うことはできません。国民はいつも被害を受ける側だからです。戦争を決めるのは、ほんの数人の権力者です。私はただ願っています。世界中のすべての人が幸せでいられることを」







































