首里城再建に関わる人々を紹介する「週刊首里城」です。今回は、建築に使われた「端材」のゆくえに注目します!大量の端材は木工職人たちの手によって「あるもの」に生まれ変わっています。
首里城再建には大量の木材が県内外から運ばれ、加工され使われました。その過程で発生したのが、大量の端材です。この端材のゆくえを追跡すると、子どもたちの笑顔に出会えました!
ことし1月、八重瀬町の手づくり木工の工房では急ピッチでたくさんのおもちゃが作られていました。

ひつじ工芸舎 永尾陽祐(ながお・ようすけ)さん「おもちゃ美術館から提供していただいた、いま作っている首里城に使われる柱とか、そういうものの端材を使っています。沖縄のフルーツ・野菜を収穫して遊ぶ、パインだったらもぎ取って収穫して集めるという遊びのものと、ままごとみたいに包丁で切って野菜が割れるみたいな」

県は、復元工事で出た大量の端材を有効活用もらおうと、ウェブサイトを通じて譲渡希望者を募集しました。そこに手を挙げたのが、国頭村にある、やんばる森のおもちゃ美術館でした。
ことし3月にリニューアル・オープンした館内には再建の端材から、一つひとつ職人の手で作られた手づくりの木のおもちゃが所狭しと並び、子どもたちを楽しませています。
やんばる森のおもちゃ美術館館長 永嶺 慶太さん「首里城とおもちゃ美術館は昔からつながっていまして、毎年木育キャラバンといって、こちらのおもちゃをたくさん持っていって首里城の前の広場とかで毎年開催していたり。やんばるの『ここ』におもちゃ美術館が建っているというのにはすごく意味があって、ここ(やんばる)から木を切ってやんばる船でその木を運んで、首里城やいろいろなものの建築に関わる資材をこちらから運び出した」

琉球王国時代から続く、やんばるから首里に至る木材をめぐる物語に、突然、炎が襲いかかりました。永嶺さんは火災当時、豊見城市に住んでいましたが
やんばる森のおもちゃ美術館館長 永嶺 慶太さん「その当時、豊見城でも翌日、焼け焦げた臭いがしましたので私は出身は内地ですけど、それでもかなりの脱力感があったのを覚えています」

あの日から約7年。途絶えたかに思えた、やんばる森のおもちゃ美術館と首里城をつなぐ歴史が再び、再建の端材によってつながりました。
端材の活用を知った永嶺さんは。
やんばる森のおもちゃ美術館館長 永嶺 慶太さん「ああっ!っていう、その時にこの美術館とやんばる船と、そして首里城という、ひとつのストーリーが全部つながる、という、ビビっとそこで」

事業に応募し、県から端材を譲り受け、端材は工房でおもちゃになって、美術館に戻ってきたのです。そのおもちゃの数は約300!「収穫あそび」が体験できるパパイヤ、ドラゴンフルーツ、スイカにマンゴー、島バナナにシークヮーサーにゴーヤーにナーベーラー。
「カットあそび」ができるのは紅芋、パッションフルーツ、かぼちゃ。
「森の生きものたち」ヤンバルクイナ、アカショウビン。イリオモテヤマネコ、ホントウアカヒゲ!オキナワトゲネズミ、オキナワオオサワガニ、アカマタ、リュウキュウヤマガメ、イボイモリ。ヤエヤマオオコウモリにカンムリワシにノグチゲラにコノハズク!イシカワガエルもいます。

ドラゴンつみきや多面体つみき、おもちゃだけではありません!
やんばる森のおもちゃ美術館館長 永嶺 慶太さん「これがオキナワウラジロガシという木なんですけども、今回首里城建て直すにあたって国頭村から数本、長い木を8、9mあるものを持って行って、最後ものすごい長さで使っているんですけど、その切ったときの残りがこれになります」
これもある意味、端材ですか?「そうなんですよ」「こっちのこういう端材たちとか野菜、果物をやんばる船が見つめている感じになっている、『おもちゃで遊んでいる』というところから急にスケールがバーンと広がるので、えー!って、本当にこの首里城の再建の材料がここにあるのねっていう、ひと思い入るだけでもこの館に来た意味、ちょっと歴史を感じたりその一瞬、一瞬がとても大事だと思います」

やんばるの森と首里城をつなぐ、やんばる森のおもちゃ美術館。おもちゃだけじゃなくて、沖縄の木や文化を感じていただける美術館。消失から再び蘇る首里城。その端材もまた生まれ変わり子ども達を喜ばせています。
おもちゃ美術館は子どもはもちろん大人も夢中になって1日中遊んでいたりもするそうです。
誰もが楽しめる施設になっています。ぜひ足を運んでみて下さい!








































