特集 島は戦場だった 最終回 クリスマスに舞ったかぎやで風

きょうは1年間お送りしてきた「オキナワ1945 島は戦場だった」の最終回拡大版でお伝えします。QABでは戦後65年目を迎えた今年、戦争を体験した方々の高齢化が進む中、戦争を知らない私達の世代があの沖縄…

65年前のきょうは1945年12月23日(日)

戦争で行政機能が停止していた八重山に、65年前のきょう、アメリカ軍が軍政布告の文章を貼り出しました。 「八重山郡民に告ぐ」と書かれたこの貼紙。アメリカ軍が八重山に軍政府を樹立すると宣言したものです。日…

65年前のきょうは1945年12月21日(金)

65年前のこの頃、満州にいた少女はマイナス30度の厳しい寒さの中、収容所にいました。 南風原町の石川キヨさんは1943年、15歳のときに満州に渡りました。当時、満州では日本からの満蒙開拓団が地元住民や…

特集 島は戦場だった あるアメリカ人神父の思い

沖縄の初期占領政策に携わったアメリカ海軍将校について、先日お伝えしました。沖縄での経験から、人生半ばで神父となった彼の生涯は、その後も日本と深く関わりを持つことになります。 1945年、沖縄。運動会、…

65年前のきょうは1945年12月10日(月)

沖縄諮詢会がアメリカ軍政府に設置を求めていた警察学校が65年前のきょう、旧具志川村に開校しました。 沖縄諮旬会が正式に警察学校の設置を求めた1945年11月からおよそ一カ月後。アメリカ軍政府は旧具志川…

65年前のきょうは1945年12月3日(月)

戦争当時15歳だった玉那覇清一さんの証言です 玉那覇さん「中学に入ってから勉強らしい勉強はほとんどない。ぼくの同期生は一中健児の塔、向こうにたくさんいます」 県立一中の生徒だった玉那覇清一さんは、通信…