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中村キャスター「Qプラスのキャスターが県内各地を歩く「お散歩プラス」。今回は、金城さんがいってきたんですよね」

金城キャスター「はい。沖縄市、コザの歴史に触れてきました。今回私が訪ねたのは中部の街、沖縄市。あいにくのお天気ですが、お散歩にはこれくらいのほうが涼しくていいですよね」

金城キャスター「さて今回は沖縄市を案内してくれる方とこのあたりで待ち合わせているんですけれども、どこにいるのかな~?あ、こんにちは~」

お散歩プラス 沖縄市コザ編

沖縄市の街を案内してくれるのは観光ガイドの伊禮洋子さん。沖縄の歴史が大好きな”歴女”です。さっそくコザ十字路周辺を案内してもらうと、なにやら目立ったものを発見!

金城キャスター「大きな壁に絵が描かれてるんですけれども」

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「これはコザ十字路絵巻と呼んでいまして。職人が一つ一つ手描きで描いているのが特徴です」

金城キャスター「え~!手描きですか?細かいですね」

道路沿いになが~く伸びた「コザ十字路歴史絵巻」国道330号の拡張工事で(2007年~)建物が取り壊されると背後にあった壁がむき出しに。地域の人々が話し合い、歴史を伝える壁画の制作にとりかかりました。

お散歩プラス 沖縄市コザ編

8ヵ月かけて、(2015年1月)およそ1600㎡もの歴史絵巻が完成しました。

金城キャスター「伊禮さん、ここはどんなことが描いてある所なんですか?」

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「今の道路ではないんですけれども、コザ十字路を作ったんですね。そのときは軍道24号線と言われていました。その時の工事の様子ですね」

金城キャスター「まさにコザが始まったときの時代なんですね」

壁画には、戦後黒人街として栄えた歴史も描かれ、沖縄市が音楽の街として発展する様子も伝えています。また過去から未来までを見守る、一匹の龍の姿も。

お散歩プラス 沖縄市コザ編

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「特に目に注目ですね。一つ一ついろんな色、多様性なんですね。(沖縄市の人口は)14万1000人を超えていますけれども、42か国以上の外国の人が住んでいますし、なかなか面白いところです。」

さて、この巨大な歴史絵巻、実は、始まりはここからなんです。

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「琉球王国時代、15世紀の越来グスクの様子を描いてあります」

お散歩プラス 沖縄市コザ編

今からおよそ580年前にこのあたりで栄えた『越来グスク』の時代。

第一尚氏・第六代の王となる尚泰久や第二尚氏初代国王・尚円と、その弟などが居城し、役所として、また祈りの場所としても重要なグスクでした。

しかし、沖縄戦で米軍が上陸後、越来グスクは占拠され、地形ごと崩されてしまったのです。

金城キャスター「じゃあこの越来グスクは今はもう跡形もなくなくなってしまったんですか」

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「あまり城らしい雰囲気はないんですけれども痕跡はあります」

お散歩プラス 沖縄市コザ編

そこでやってきたのは、越来グスク跡公園です。

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「北山を監視するということもあって、尚巴志は自分の子どもをここに配置したようです。ここで尚泰久は20年間過ごした」

王子が居城する場所として重要視されていた越来グスク。その一角にはこんなものも・・・。

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「ここは沖縄の言葉でいうと拝所。ヒヌカンは沖縄にとって非常に重要な神様ですよね。米軍がここを壊してコザ十字路を作った。せめて同じ場所にだるま落としのように作られて、越来グスクにあった3つのヒヌカンが祀られていると言われています。いまでも重要な場所です」

階段をのぼるとコザの街が一望できるスポットも。。

お散歩プラス 沖縄市コザ編

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「ここで阿麻和利に嫁いだ百度踏揚。結婚式もあったと言われている(壁画に描かれていた)」

琉球史のなかで語られる、数少ない女性の一人が、護佐丸の孫娘、百度踏揚(ももとふみあがり)。悲運のヒロインとして知られていますが、戦乱の世を力強く生き抜いた人物です。

沖縄市観光ガイド伊禮洋子さん「多分金城さんに似て美しい方だと思います。踊りがとても美しくてもちろん美人で多分大丈夫です」

失われたグスクと、そこで生きた人々のドラマで盛り上がったところで、今回はここまで!お散歩プラス、次回は、ずらっと並んだ個性的な人形・・・?そして私は何を見ているんでしょうか?!お楽しみに!

お散歩プラス 沖縄市コザ編