2018年6月18日 18時30分

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) “琉僑”たちの沖縄戦

初日のきょうは、これまであまり語られることのなかった「台湾からの引き揚げ」についてです。

日本の敗戦直後、台湾におよそ3万人いたと言われ、“琉僑”と呼ばれた沖縄の人々。彼らが台湾で体験した戦争と、その記録を残そうと突き進む。若き研究者を取材しました。

中村春菜さん「1946年の12月までこちらは稼働して多くの沖縄の人を引き揚げさせています。だいたい15万人くらいですね」

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) "琉僑"たちの沖縄戦

中城村久場埼。ここは、戦後県外や海外から引き揚げてきた。多くの沖縄の人々が復興への第1歩を踏み出した地です。中村春菜さんは、中でも、戦前から沖縄と深い関係がある台湾からの引き揚げについて研究しています。

中村春菜さん「(台湾引き揚げの)全体像が全然わからなかったんです。なので指導教員と一緒に聞き取り調査を始めることにしました」

中村さんは3月、台湾引き揚げについての9年間にわたる調査を、指導教授らとまとめました。引き揚げ者25人の証言や、現存する資料などから実態を読み解いています。

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) "琉僑"たちの沖縄戦

中村春菜さん「彼らは語るべき体験があるし語りたいと思う体験があるのにそれがなかなか開かれていなかったというのを知って申し訳ない気持ちにもなりましたし、今回は彼らの体験を残していくことができたなという実感はあってそれが一番うれしいです」

中村さんがこれまでに聞き取りを行ったのは60人以上。この日も、引き揚げ体験者の自宅を訪ねました。船越弘子さんは、戦前から父親が台湾で働いていたため、現地で生まれたいわゆる“湾生”。

1945年、国民学校の卒業式を待たずに山へ疎開。戦後家族とともに、見たこともない故郷、沖縄へ引き揚げることに。最小限の荷物を手に台北の収容所で引き揚げを待つも、病気の母親がいたため、引き揚げの順番は後回しになるばかりでした。

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) "琉僑"たちの沖縄戦

船越さん「姉もみな母の周りに座っていた時に母が「あー」っと。息を引き取ったんですけどね。私は息を引き取るというのが分からないから(母の)胸に手を入れて触って、父に「まだ熱いよ、熱いよ」って言ったんですけど。それが最期だったのね。だから1軒だけ残されていたからね、大きな総督府にお骨も私が帰る時にお骨を持って」

1カ月半後、船越さんは最後の引き揚げ船で基隆港を出発。引き揚げを待つこと1年4カ月、目にしたのは荒れ果てた光景でした。

船越さん「沖縄ってどんなところだろうと思って来たら草も木も一本もないし家もないし。私のお友達は両親もみんないなくなったっていうことがあるから私が母がいないのは言えないような状態だった」

中村さんによると、終戦直後の台湾には船越さんのように戦前から台湾にいた人を含めおよそ3万人の沖縄出身者がいました。渡航理由も経済状況も様々な沖縄出身者でしたが、敗戦後はみな、中華民国の統治下となった台湾を出なければいけませんでした。

さらに研究では、そうした引き揚げをスムーズに行えるよう、沖縄の人自らが組織を作って支え合っていたこともわかりました。

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) "琉僑"たちの沖縄戦

中村春菜さん「命を長らえる人が一人でも多くいたのは、台湾で戦後相互扶助組織を作った人たちのおかげなんじゃないかなと思います」

中でも沖縄同郷会連合会は、沖縄での受け入れを管理していたアメリカ側には引き揚げを待つ沖縄の人々の困窮ぶりを訴え、また日本人の早期の引き揚げを迫る中華民国側には、受け入れが整うまで沖縄の人々“琉僑”の滞留を望むと陳情し掛け合いました。

歴史に翻弄されたのに変わりはありませんが、今まであまり知られていなかった「台湾引き揚げ」。

船越さん「若い方がそういう(記録を残す)気持ちになってらっしゃるから、みんなうれしいと思いますよ。ほったらかしたわけではないからね、戦争でみんなね」

台湾引き揚げは一口には語れないと話す中村さん。研究はこれからも続きます。

シリーズ「慰霊の日〜受け継ぐ〜」(1) "琉僑"たちの沖縄戦

中村さん「植民地研究も引き揚げも、そして戦後の復興にどうやって関わったのか、それらを全部統合して考えることができるのが台湾引き揚げだと思うので。体験者の体験談に勝るものはない、けれどもそれだけでは残らないので資料も発掘しつつずっと残していこうと思う」

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