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60年前の初代表 首里

夏の大会が100回目を迎える今年は、県勢が初めて甲子園の土を踏んで「60年」という節目でもあります。きょうは、かつて沖縄初の代表として甲子園に挑んだ首里高校です。

めざせ甲子園!(2) 首里

今から60年前、1958年に沖縄の代表校として初めて夏の甲子園に出場した県立首里高校。学校にはその記念碑が置かれ、当時の功績を今に伝えています。

節目の夏、チームを率いるのは、60年前のナインを甲子園に導いた故・福原朝悦元監督の長男、福原修監督です。

めざせ甲子園!(2) 首里

福原修監督「最初に出た高校の野球部なので責任は感じるし、子どもたちも今年も精いっぱい頑張って100回の記念大会に参加できるように努力していく」

伝統校として、夏に向けて勢いづくチーム。秋の大会では2回戦敗退、春はベスト16にとどまった悔しさをばねに、日々、勝利への思いが高まっています。

めざせ甲子園!(2) 首里

仲島輝主将「今回は100回大会ということで、自分たちとしても今年はいけるんじゃないかという思いでやっている」

めざせ甲子園!(2) 首里

投手陣の中心は、3年生の2枚看板。去年の秋にエースナンバーをつけた比嘉教貴は、140キロのストレートを繰り出す強気のピッチングが武器。もう1人は、今年の春、そのエースナンバーを奪った赤嶺歩武。球速こそ130キロほどですが、変化球を使い分けながら、チームのピンチを救う落ち着いた投球が持ち味です。

赤嶺歩武選手「マウンドでは打たれてもフォーボールを出しても仲間がミスしても、常に切り替えをできるようにしている」

比嘉教貴選手「春の大会で赤嶺が1番で自分が10番になってしまったので、その時は非常に悔しかった。ライバルではあるが、最後の大会は2人で力を合わせて乗り切っていけたらと思っている」

その投手陣を援護したい打線は、長打力のある真玉橋長大と俊足の津波古充がチャンスを作り、島袋椋多と金城恒希が返す形が理想。爆発的な攻撃力も擁する「切れ目のない打線」が特徴です。

めざせ甲子園!(2) 首里

戦力分析では控えめとなった投手力と機動力の調整が、この夏のカギを握ります。

めざせ甲子園!(2) 首里

チームには幼なじみと最後の夏に挑む選手も。

下茂優人選手「興味がなかったというか、最初はサッカーがやりたくて。でも長大たちに誘われたので野球部に入ろうと思った」

真玉橋に誘われ、小学校2年生のときに野球を始めた下茂優人。2人にはいつも野球がありました。

真玉橋長大選手「小学校のときバッテリーを組んでいたんですけど、自分のコントロールが悪い時、めっちゃ速い球で投げて返してきて、ちゃんとやらないとなと思って。そこからコントロールがよくなって今の送球にもつながっていると思う。下茂はあまり声を出さないタイプなんですけど、自分が出させて、もっと下茂のいいところを引き出してやりたいと思う」

下茂優人選手「長大は小中とずっとキャプテンで、自分はキャッチャーだったんですけど、もっとチームを引っ張らないといけないのに長大ばかりに任せていたので、でもちゃんと長大は引っ張ってくれたのでそこには感謝しています」

真玉橋長大選手「ありがとうございます」

支え合いながら、深い絆で結ばれた選手たち。夏に向かって走り出します!

めざせ甲子園!(2) 首里

赤嶺歩武選手「秋春と決勝に行ったチームに僅差で敗れているので、夏はそういう試合を制して優勝したい」

めざせ甲子園!(2) 首里

比嘉教貴選手「赤嶺の後に投げることになっても、100パーセントの力が出せるようにしっかり準備して、最後の夏は最高の結果で終われるように頑張りたい」

仲島輝主将「チーム一丸となって1戦1戦粘り強く戦って、優勝目指して頑張っていきたい」

『絶対優勝するぞ!よーし!』

めざせ甲子園!(2) 首里