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稲作の発祥の地・南城市玉城百名では、毎年恒例の伝統行事「親田御願」が行わました。

山川拓也さん「いい米が育てれば最高です」

沖縄稲作発祥の地 「親田御願」に込めた願い

青空の下、南城市玉城百名の「受水走水」にある「親田」と呼ばれる田んぼで苗を植える3人の男性。これは、旧正月の後はじめてむかえる午の日に合わせて行われる伝統行事「親田御願」です。

大城洋介さん「結構昔から伝わっているので、ちゃんと引き継がないといけないという使命感というのはあります」

戦争によって途絶えていた行事でしたが、およそ30年前に復活しました。

そもそも、なぜここが稲作発祥の地なのでしょうか?

地元の言い伝えによると今からおよそ700年前、中国から稲穂をくわえて飛んできた一羽の鶴が暴風にあい、この「カラウカハ」という場所に落ちました。そこでその稲穂が芽を出したことから琉球の稲作の地となったそうです。

田植えが終わると、近くの拝所「祝毛」に移動し、無事に田植えが行われたことに手を合わせます。

喜名勲さん「稲作の始まる導入と稲作の手順を歌って、豊作まで歌った内容になっています」

拝所で歌った歌詞には、稲作の伝承の物語も書かれ、豊作を祈願しました。

沖縄稲作発祥の地 「親田御願」に込めた願い

「昔を思い出します」「楽しいですね。今はなかなかそういう機会が少ない、昔みたいにはないからな」

山川区長「年に一度の行事なんですけど、地域の人がだんだん少なくなっている中、きょうは結構集まっていただいて、とてもよかったと思っています」

地域の伝統を途絶えさせたくないと若者たちも熱心に取り組んでいました。この親田御願が行われないとこの一帯の稲作は始まらなかったそうです。

稲作発祥の地で儀式として田植えは復活していますが、現在は田植え農家が途絶えている状況だということで、若者たちが中心となって3月には田植えを行い、8月ごろにはそのわらで綱を作って綱引きをしたいと計画中だということです。