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さて、以前お伝えした、首里教会の十字架のリポートです。沖縄戦の激しい攻防の中、首里の街で唯一残った教会と傷ついた十字架を、復元しようというプロジェクト。いよいよ、教会員が長年思い描いてきたその瞬間が訪れようとしています。

実行委員長宮里稔さん「これが2008年度からの記録です」

Qプラスリポート 傷ついた十字架にこめた平和への祈り

首里教会の定期報告書に、これまで教会員が旧会堂の復元について話し合ってきたことがまとめられています。

実行委員長宮里稔さん「新しい礼拝堂ができた時に、古いほうを取り壊してしまったものですから、(旧教会も)一体としての教会だったものですから、(現教会が)一期工事で、(旧教会の復元が)二期工事として残っていますよという(Q取り壊す前から(復元の計画は)あったということ?)やはり、平和の象徴としての塔屋があったものですから」

Qプラスリポート 傷ついた十字架にこめた平和への祈り

砲弾の雨を受けた当時の教会堂と十字架は、修復されつつも1984年に取り壊されましたが、傷ついた十字架にかける平和への想いは消えることはありませんでした。

教会が100周年を迎えた直後、2009年に正式に実行委員会を発足。月に1度は復元について話し合ってきました。

実行委員長宮里稔さん「愚かしい人間のやった戦争を反省する意味で十字架が必要じゃないかということで、戦禍にあった十字架を復元するという話になりましたね。今年で(計画から)31年経つものですから、また(おととし)戦後70年という節目もあったものですから、すごい良い時期に建てることができたかなと思っています」

Qプラスリポート 傷ついた十字架にこめた平和への祈り

この日、宮里さんらの姿があったのは、十字架の制作を手掛ける工場。皆で検討してきた、傷ついた十字架の完成まで、あと少しでした。

比嘉文子さん「たぶん、私の意見ですが、ここから見るよりは、(儀保方面)から見る人の方が多いと思うんですね」

当時の十字架を見た、比嘉文子さんの記憶と写真を頼りに、傷の具合や角度を検討します。

比嘉文子さん「向こうからみたら本当に痛々しい十字架になりますね」。(きょう)あの頃の十字架を見ました。その時の辛い気持ちも思い出しましたし」

竹花和成牧師「傷ついた十字架を掲げてほしいという気持ちがそこに現れていると思います」

Qプラスリポート 傷ついた十字架にこめた平和への祈り

比嘉文子さん「そうですね、もう戦争はいやだ、平和な時代をみんなで維持するように努力しないといけないという気持ちが」

首里の人々が、戦争を生き抜いた自身の姿を重ねた街のシンボル、傷ついた十字架は、いよいよ、今度の日曜日(5月21日)に掲げられます。