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「子ども食堂」をご存じでしょうか?貧困、核家族化、孤食などが、社会的な課題となる中、子ども達の将来のために食を通して支援をしようという試みです。そんな中、沖縄市で始まった活動が今、地域を巻き込み広がりを見せています。秋山記者のリポートです。

沖縄市にある銀天街。かつては商店がひしめき合い、人が溢れていたこの場所も今は人もまばらのシャッター街。

そこに先週、子ども達の笑い声が響きました。

「3人1組で1チームです」

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開かれたのは、銀天街を舞台にした大迷路大会。地域の子ども達およそ50人が集まりました。

子ども達女の子「(Q銀天街はどんな街?)静かな街。楽しい場所が増えたらいいのに」

男の子「前はたこ焼き食べにきた(Qどんな街?)前は賑やかだったけど今はあんまり(Q遊ぶところはある?)そんなにない」

主催したのは、先月銀天街の一角にオープンした「子どもカフェ」。

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子どもカフェ崔栄子代表「迷路大会も各店舗の方々に挨拶させてもらって店舗の方に協力してもらうことで店同士のつながりと協力し合って全体的に活性化できるんじゃないかなと」

「子どもカフェ」とは、放課後の子ども達が、ゴミ拾いなど地域のボランティアに取り組みながら食事やおやつを作って食べる場所。原点は、去年沖縄市でスタートした「子どもフードバンク」の取り組みでした。

子どもフードバンク砂川和美代表(2015年2月取材より)「すぐ食糧になるものをいただけたのでとても良かったです。配れる家庭がたくさんあると思います」

「給食で命を繋ぐ子がいる」という新聞記事に衝撃を受けた砂川さんは、沖縄市の社会福祉協議会で食糧支援をしていることを聞き、子どものいる困窮世帯への配布を始めました。

その活動は現在も続いています。

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砂川和美さん「きょうは生活用品が主ですね(Q今はどのくらいの頻度で?)月に1回10キロのお米と一緒に缶詰類とか(私たちが活動を始めるきっかけは食ですよね。1年半前に新聞記事を見た時に活動をサポートしたいと始めたんですがそのボランティアをしている間に地域も丸ごとみんなで子ども達をサポートする必要があると」

そこで、子ども達の自立支援に取り組む、崔さんとの出会い沖縄市のこの場所で子どもが集える場、食を提供できる場を作りました。しかし、今、「子どもの貧困」がクローズアップされ、各地に次々と「子ども食堂」がオープン。そのことが逆に大きな壁になっているといいます。

砂川和美さん「子ども食堂イコール貧困となると子ども達にとっては敷居が高くなってしまう。でも子ども達は楽しいことが大好き。そういうことを全部払しょくして子ども達が喜んでこられる場所を作る必要がある」

子どもカフェにて男の子「2週間に1回くらい(来る)おやつとか作ったりできるから楽しい。」

女の子「毎日(来る)開いている時は(Q何をするの?)ギターとか弾いたり。いろんな自分がやりたいことをできるから。ここは仲良しが早い所だから一番大切な所。」

経済的な貧困で線引きをするのではなく、地域のどの子どもにも、共存する力をつけ、自尊心を持ち、夢を持って欲しい。砂川さんたちはそんな思いを抱いています。

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崔栄子代表「地域の中で子どもたちを一緒に育てる手助け・環境づくりをしていけたらなと」

ゆんたくサロンにて

子どもたち「こんにちは〜」

サロンの方「こっちね?(シール)2個目ね?」

子どもたち「ありがとうございました」

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サロンの方「大歓迎ですね。そういう活動が多くなると地域も活性化するので非常に大事なことだと思う」

銀天街に響く笑い声、地域の子ども達に地域の大人たちが今、向き合い始めています。

砂川和美代表「私が本当に探している子ども達にも出会えていますし、そうではない一般家庭の子も全部巻き込んで楽しいことをしていくその中であいさつやケンカしたら謝ったり生まれるものがあるんじゃないか。家庭的な雰囲気の中で一緒に育っていけば」

女の子の「一番大切な所」という言葉が心に残りました。地域で育てるとてもいい取り組みですね。子どもカフェは現在、補助などは受けておらず電化製品から食材まで全てが寄付で賄われているそうです。

こうした場所が継続できるようにぜひ現場の声を聞いて支援が広がればと思います。