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とみさんの夫、平良進さんは「私ども夫婦は2人3脚でうちなー芝居の道を歩んでまいりました。とみがいなくなった今、辛く寂しい思いですがとみがうちなー芝居に掛けてきた思いを無駄にせず、とみのためにも頑張っていこうと思います。」と話していました。

まるで自分のおばあちゃんを亡くしたような大きな悲しみに包まれた告別式でした。6日敗血症でなくなった沖縄芝居の役者で女優の平良とみさんの告別式が8日午後、那覇市内で執り行われ、多くの関係者が最期の別れを惜しみました。

とみさんの活躍を物語るように多くの花と参列者の中執り行われた告別式。喪主を務めた夫・進さんは、悲しみの言葉を口にしました。

平良進さんは「今にも何か私に語りかけているような感じがして涙が出て止まりませんでした。これからもとみを忘れないでいてください。」と話していました。

1928年、那覇市の生まれで、沖縄芝居の役者として活動。映画やテレビドラマでも活躍し、沖縄の「おばぁ」として全国的な人気を集めたとみさん。

「沖縄の言葉をなくしたら沖縄の芸能がなくなる」と、うちなー口の保存、普及にも尽力してきました。

常に明るくまだまだ後輩をたくさん指導してほしかったと参列者の多くからは惜しまれる声も多く聴かれました。

照喜名朝一さんは「こんな早くなくなるなんて夢にも思っていなかった。あの世でも芝居をしてくださいと拝みました」と話し、玉城節子さんは「とてもお優しくて素人の私たちに細かいところまでちゃんと教えて下さって。これからの若い人も見守って下さいとお祈りしました」と述べました。

また津波信一さんは「沖縄をもっと大切にしなさいと言われていたことが100分の1できているが分からないけど少しでも頑張ることが恩返しかなと思っています」と話していました。

2014年は春の叙勲を受章し、元気にインタビューにも応じてくれたとみさん、2015年の始めごろ転倒して車いす生活だったといいます。87歳生涯に幕を閉じた平良とみさん、参列者の多くがありがとうと感謝の気持ちを伝えていました。

遺影をみるとあの優しい声が聞こえてきそうですよね。心からお悔やみ申し上げます。