2015年11月17日 18時40分

戦後70年 遠ざかる記憶 近づく足音 伊江島にあった慰安所が問うもの

シリーズ戦後70年です。戦時中、日本兵たちのストレス解消や、戦意を高めるためなどとして、日本の植民地の女性たちに性の相手をさせた、日本軍の「慰安婦」制度。沖縄戦の最中、県内にも「慰安所」が数多く設置されていたことをご存知でしょうか。70年前、伊江島にあった慰安所の記憶をたどります。

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深い苦しみと悲しみの眼差しを向ける女性。彼女たちは、戦時中、日本が植民地にしていたインドネシアで、日本軍の「慰安婦」にされた女性たちです。写真にはそれぞれの体験が添えられていました。

「家から連れ出され、3年間、日本兵の性の相手を強いられた」

来場者の女性「もうこれ本当の、人間がやったことかねと思いますね」

来場者の女性「心が詰まる感じです。見たら1933年生まれの方、10歳の時・・・」

一方、10代の若者たちは・・・

千葉県からの修学旅行生「(Q写真展みてどう思いましたか?)うーん、ちょっと分からない」

以前は、中学校の全ての歴史教科書に記述されていた「慰安婦」という言葉。しかし、近年、歴史を見直すという動きにも影響されて、教科書本文から消され、今ではその存在すら知らない子どもたちも珍しくありません。

沖縄戦の激戦地のひとつ、伊江島。当時、大勢の日本兵が配備されたこの島にも「慰安所」が造られていました。

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謝花悦子さん「(Q謝花さん、この場所だったんですか?)そう。ここは戦争で(破壊されたが)場所自体は変わらないわけ」

沖縄戦が始まる前の年、当時5歳だった謝花悦子さんは、実家の畑の向こう側に、ある日、真新しい小屋が建てられたのを覚えていました。

謝花悦子さん「(母が)野菜はほとんどその石垣から渡してあげたことは覚えている。(戦後畑から)この人たちが使ったかんざしや櫛が出てきたのも覚えているけど」

造られていたのは、「慰安所」でした。

これまで県内外の研究者らが、住民や元日本兵らの証言、公文書を元に行った調査で、県内には140か所以上の「慰安所」が存在していたことが明らかになっています。

そして、伊江島にはもうひとつ「慰安所」が見つかっています。

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島袋初子さん「こっちが屋敷、大湾屋敷。こっちは民家で、民家の中に兵隊さんがいらしたみたい。そして向こうは道でしょう。この木陰からね、兵隊と女の人たちが遊ぶのをよく見よったらしいですよ。」

島袋初子さん「(Q民家を慰安所にした?)そうそうそう。民家もみんな疎開させていますでしょ。それで兵隊たちが民家に入り込んで」

伊江島の戦争を体験した元兵士の証言にも「民家」という言葉が出てきます。

佐次田秀順さんの証言記録(伊江島の戦中・戦後体験記録より)『伊江島の慰安所は民家を借りて作ってありましたが、ベッドとベッドの間に天幕を下げて仕切られていました。兵隊たちは何十人も並んで、順番を待っていました・・・』

那覇市歴史博物館には、日本軍が1944年に書き残した陣中日誌が保管されています。そこには、5月26日、日本軍が「慰安所」を新たに造ったという記録がはっきりと残されていました。そして、その数日後の6月4日、今度は、急いで「仮慰安所の整備」を行うよう命令が出されていました。

これは、慰安所の建設中に、慰安婦たちが島に送られてきたので急いで仮の慰安所を造ったのではないかという研究者の見方があります。

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謝花悦子さん「慰めだよ、兵隊の。だから戦争に必要であるというのは何もないんじゃないですか。特に慰安婦というのは、女性を(戦争に勝つための)武器にして、女性をおもちゃにしているんだよ。言葉で言えば。おもちゃだよ」

インドネシアの「慰安婦」たちの写真展に合わせて開かれたシンポジウムで、自ら元慰安婦たちに直接会い、取材してきたノンフィクションライターやジャーナリストたちは、この問題を沖縄から考える必要があると訴えました。

山城紀子さん「紛争下の中で、女や子どもに何が起きるか。軍隊とは、女や子どもにとって相容れない。圧倒的な被害の地である沖縄が、性暴力については加害の地であったことを、私たちは知らねばならないと思います」

謝花さんは、伊江島の戦争の醜さを伝え残す資料館を運営しています。目を覆いたくなるような歴史も、戦争の教訓として、しっかりと未来の子どもたちに伝え残すためだといいます。

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謝花悦子さん「過去のあったことを、国側が有利か否かのことで消したり、今の日本の国はやっていると思うんですよ。事実なんだから、良いことも悪いことも、事実は永久に歴史に残る」

「伊江島の慰安所には島の外から来た沖縄の人たちもいた」という住民の証言が残されていますが、今も詳しいことは分かっていません。

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