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金城隆一代表「ここが新しくククルで借りたスペースですね。半年前の閉所式からだいぶ経ちましたけれど、とりあえず40坪のスペースがあるので、ここで活動していけたらいいなと。」

2013年7月に那覇市が委託事業として開設した「kukulu」。生活保護世帯で暮らし、不登校状態にある中学生ための居場所として、食事の提供を中心に子ども達が学校へ、そして社会へ出ていけるようにと作られました。

しかし、国の制度変更のため補助額が2分の1になったことなどを理由に、那覇市は今年3月、「kukulu」を閉鎖。信頼できる大人たちの存在、そして、学校や家庭では得られなかった安心感、その一筋の光を奪われた子ども達は閉所式のあと、素直な気持ちを打ち明けました。

ゆうくん「(Q.寂しくなる?)うん。会えなくなるからね。(kukulu)なくなるイコール俺なんかの居場所が消えるんじゃん。」

Q+リポート 子どもたちの居場所 再開

あれから半年。那覇市の平和通りのビルの一室に、子ども達の居場所が戻ってきました。実は、この半年、金城代表は子ども達への支援を続けていくため、自治体の助成金を申請したり資金集めに奔走してきました。

金城代表「3月の閉所式から子ども達に(kukuluを)復活させるからと約束して、その間いろんな企業や法人にククルの必要性を訴えて、県の子ども若者関連の助成金もいただいたので、そのあたりで活動費が担保できたので、見切り発車ではあるが場所を抑えスタートしたい。」

半年で身長もだいぶ伸び、友達と会話することが増えたゆうくん。

ゆうくん「(Q.学校は行けてる?)水曜しか行ってないよ。親と一緒に行ってる。(Q.でもゼロではないね?)うん。(Q.またククルが再開するけど嬉しい?)めっちゃ(嬉しい)。」

高校はまだ週に一日の登校ですが、これまでスタッフの送迎を頼りにkukuluに通っていたゆうくんは、今、モノレールで自主的に通っています。さらに、そんなゆうくんを応援しようと学校も動きました。

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今木ともこさん「泊高校はククルの活動が単位になることになったんです。kukuluの昼食活動とか引っ越し作業とか単位になると。」

そして、新しい仲間も増えました。

こうくん「最初は乗り気じゃなかったけど、金城さんといろいろ話をしてkukuluに来るようになった。学校も行っていないですね。ずっと家でゴロゴロと。(Q.久しぶりに家を出た?)そうですね久しぶりに。引っ越し作業をしたら、次の日筋肉痛で、でも楽しいです。ここに来ただけでも理由があるので。」

記念すべき、kukulu再開の日の昼食はホットプレートで作る、やきそば。1年前はスタッフの指示で動いていた子ども達も、今では積極的に調理に参加します。

『いただきます』

今木ともこさん「きょう本当に何にもない中で、私はほとんど手伝ってない中で、みんなでできるからやっぱり2年近くやった成果は出ているなと感じますよね。」

「kukulu」は自主事業となったことから、生活保護世帯だけでなく、また那覇市以外からも不登校の生徒を受け入れることにしました。年齢の幅も13歳から18歳までとし、社会に出るまで切れ目のない支援続けたいとしています。

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しかし、一方で新たな課題も生まれています。おととい開かれた、kukuluの運営委員会。そこで、金城代表から厳しい現状が報告されました。

金城代表「しっかりとこういう矢印が欲しいんだけど、学校ともしっかり連携して、この子のためにどうしたらいいかを協議したいけれど、テーブルにすらつけない。」

市の事業として運営していた3月までは、市内ほとんどの中学校が「kukulu」への参加を出席日数と認めていました。しかし、自主事業となった今、学校側の理解が得られにくくなり、これまで「kukulu」に通っていた中学生への支援が難しくなってしまったのです。

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沖縄大学 島村聡 准教授「子どもの権利という側面から、子どもの主体性をどう発揮させるんだという目線から支援をすると、子どもが居場所を選ぶ、学校やフリースクール、こういったククルというのを選べる力をつけていく必要がある。」

長期的な運営と中学生への支援。この2つの課題に直面するkukulu。SOSを発信する子ども達を救うため社会が連携し、子ども達を支えることが今、求められています。