2011年8月10日 18時45分

Qリポート よみがえる路次楽の音色

琉球王府時代「江戸上り」という幕府への使節団がいました。江戸上りには多くの芸能プログラムがあって、室内で座って演奏する御座楽(うざがく)と旅の道中で行進しながら演奏した「路次楽(ろじがく)」がありました。きょうはその琉球王府時代のマーチングについてお伝えします。

近代的な校舎に現れたのは、見慣れぬ衣装に身を包み、聞き慣れない音色を奏でる一行。「どうですか。感想は?」「暑いです。」「楽しいです。」「はい。がんばってよ。さっきも言ったように、この衣装着た時点でみなさん琉球の雰囲気を出せるように。今は練習だったけど、本番しっかり頑張りましょうね。」「はい。」

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吹奏楽部の生徒らが練習しているのは、「路次楽(ろじがく)」1634年から1850年まで、琉球王府から江戸幕府に派遣された使者らの行列「江戸上り」の際、道中で演奏された音楽です。

指導するのは、琉球路次楽研究会の高嶺久枝さん。最後の江戸上りからおよそ160年。今、この路次楽を再現する試みが行われているのです。かつて、薩摩藩の支配下に置かれた琉球。幕府の将軍や琉球国王の代替わりの度に、江戸上りが行われました。

交易の盛んだった中国の影響を色濃く受けた出で立ちと演奏で、2000キロに渡る旅を盛り上げたのが路次楽隊。見物客にも人気を博したといいます。薩摩藩や江戸幕府にとっては、他国を支配する権威の象徴であった江戸上り。しかし、琉球にとっては、自国の文化をアピールする絶好の機会でした。

「中国とか薩摩とか属国でありながら、精神はしっかり守って音楽や行進の中に託して、垣間見れると思いますので、私たちがどう汲み取りきれるかが課題。」

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再現を決意した高嶺さん。しかし、路次楽は消滅の危機に瀕していました。「江戸上りの絵巻からしか資料ないものですから。研究を始めまして。」

楽士たちが身にまとう唐装束。那覇市のデザイナーの協力を得て、絵巻からデザイン画を起こしました。弟子「色鮮やかで心がウキウキするような感じでした。」楽器は、琉球との交易指定港があった中国の福州市に足を運び、探し回ります。「楽器そのものは楽器屋にはなくて、意外にも仏具屋にあったんです。」

道教の儀式などに使われるという楽器や旗などの道具。見つからないものは、金武町の楽器店に製作を依頼しました。楽曲は、首里や今帰仁などに、かろうじて残っていた楽譜をより当時に近い中国音階で再現。7種類の楽器の中でも演奏の核となるのが、ツォーナという笛です。

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オーボエの元祖といえる楽器ということで、再現には、親交のあった与那原中学校の吹奏楽部顧問、當間先生に協力を依頼しました。

當間先生「音が大きいのと今までに体験したことのない音なものですから、喜んで練習してました。子どもたちも。むしろ自分の楽器の練習よりもこっちの練習をがんばってやってたんですけども。はい。」

女の子「琉舞をしているんですけど、いつもと違う衣装でこういう新しい沖縄を知れた。新しい発見があって参加して良かったと思います。」

爆竹!多くの人の協力を得て迎えたお披露目の時。キジムナーフェスタでは、世界各国のアーティストが舞台やパフォーマンスを繰り広げます。行進スタート!初日のパレード。先頭を歩くのは路次楽隊。

高嶺さん「琉球の人たちは誇りをもっていったんじゃないかなって。私はそういう気持ちに置き換えて、子どもたちにも誇りを持ってやってほしいと。」パレードを率いるさまは、まさに琉球王府のマーチングバンド。沿道の人々とふれあう姿は、かつての江戸上りのようだったに違いありません。

江戸上りには、この路次楽のほかにも琉球舞踊はもちろん、御座楽(うざがく)のほか、唐踊りや中国劇なども含まれていたといいます。8月20日には名護市で江戸上りについてのトークイベントが開催されるそうです。

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