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広大なアメリカ軍基地、嘉手納基地を抱える嘉手納町で、5期20年を務めた宮城町長が勇退します。騒音被害をはじめ、基地問題と戦ってきた宮城町長に、あらためて話を聞きました。

町の土地の83パーセントをアメリカ軍基地が占める嘉手納町。

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1991年以来、5期20年、町長を務めてきた宮城篤実町長。嘉手納町出身で、県内の高校を卒業後、早稲田大学に入学。そこで、アメリカ軍の当時の立川基地を拡張するという計画に反対するデモに参加します。

宮城町長「宜野湾伊佐浜であるとか、あるいは伊江島の強制収用があった。そういう姿をニュースを見聞きしている。こういうことがあってはいかんだろうという一つの素朴な正義感があって、あの闘争のデモ隊の尻尾にくっついていた」

その後、沖縄に戻った宮城青年は町議会議員を経て町長になり、嘉手納基地と向き合います。

70デシベル以上の騒音が一日に100回以上発生する嘉手納基地。この日(2004年10月)はアメリカ本国と嘉手納基地のF15戦闘機が合同で訓練。離陸して、訓練飛行の後着陸し、そのまま給油してまた離陸という、実戦さながらの訓練を朝から夕方まで延々と繰り返しました。

宮城町長(当時)「これはまさに勝手放題の使われ方」

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こうした中、2006年、日米両政府はアメリカ軍再編計画を発表。日本政府はF15の訓練の一部を県外の自衛隊基地に移転し、沖縄の負担を軽減させると約束しました。

宮城町長「いやもう、これは必ずやりますと言うし、期待が非常に大きかった」

しかし、爆音は減りません。アメリカ本国や県外の基地、さらに空母から戦闘機が頻繁に飛来しているのです。それどころか…

普天間基地の機能を嘉手納に移す嘉手納統合案。1996年以降、二度出ては消えたこの案を、普天間基地の県外・国外移設を掲げた民主党政権が、再び持ち出します。

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岡田外務大臣(当時)「嘉手納統合というのは検討今している一つの案ということで」

宮城町長「パネルを指しながら、航空機が墜落した場所はこことこことここだと。ひっくり返って見せたのはここだと。いかにここが危険な状態にある基地であるかということを深く認識していただきたい。嘉手納統合案断じて容認しないと」

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一方、基地負担の補償として国の莫大な予算も引き出しました。1996年、基地のある市町村に再開発などのための予算を投入する、内閣官房長官の私的諮問機関、通称「島田懇談会」が設置されます。

この事業で嘉手納町は、県全体の4分の1にあたる、200億円あまりを取得。再開発を3年前に完了しました。

宮城町長「子どもたちがここで飛び跳ねて喚起する姿は、頭の中に描いていたものがそっくりそのまま実現できたという大きな達成感があります」

宮城町長「(Q.基地があって、そのお金を使ってというのは苦しいと言うか、矛盾を抱えながらの作業というところもあったんじゃないかなと思いますけれど)基地があって常に被害を受け続けてきた。過去分の補償として、私は国がこれはしかるべき措置をとるべきだということ。新たな何か米軍基地であるとか、あるいは私たちは負担を受けてよろしいという話は一切していない」

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1月30日に行われた町長選挙では、宮城町長をそばで支えてきた町の前総務部長、当山宏さんが初当選を果たしました。

当山宏さん「5期20年間、一生懸命がんばっていただいて、白髪もかなり増えたと思います。町民のためにこれまですごく尽くしてきた方ですので、アドバイス等があればぜひこれからもちょうだいしてまいりたいと思います」

宮城町長「確かな人物に、私は確かなバトンタッチができたという喜びがあります」

町民への新たな基地負担を徹底的に拒否し、また町民が受け続けてきた被害に対する補償を得る。それを確固たる信念でやり通した宮城町長は、20年の町長生活に2月17日、幕を下ろします。