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2011年4月29日

メーデー式典に約1000人

5月1日のメーデーを前に、那覇市で、28日およそ1000人以上が集まり、式典が行われました。式典は労働者の地位安定や向上を目指して、毎年行われていて2011年も、会場には連合沖縄に所属する労組の組合員およそ1000人が参加しました。...続きを見る

2011年4月28日

イタリアの美青年 野鳥「ズグロチャキンチョウ」飛来

国内では滅多に見られない野鳥のズグロチャキンチョウが飛来しています。 沖縄本島の北の端に姿を現したズグロチャキンチョウ。雀より一回り大きく、鮮やかなイエローが目を引いたため、国頭村の嘉陽宗幸さんが撮影し調べたところ、きわめて珍しい鳥だとわかりまし...続きを見る

第3次嘉手納爆音訴訟提訴

静かな夜を返せ。嘉手納基地の航空機の夜間、早朝の飛行差し止めを求めた第3次嘉手納爆音訴訟が4月28日、那覇地裁沖縄支部に提訴されました。 原告団の新川秀清団長は「次の世代に決してこのような地域ではない、爆音のない静かな地域を取り戻すために、心を一...続きを見る

嘉手納基地 激しさ増す深夜早朝の爆音

前回の4倍、国内の裁判史上最大規模となった嘉手納爆音訴訟。その背景にある騒音の実態を取材しました。 町民の3人に1人が原告となった嘉手納町。原告団嘉手納支部を引っ張っているのが仲本兼作さんです。 仲本兼作さん「口では表しようがないほど、例...続きを見る

県町村議会議長会 基地の爆音被害で抗議決議

嘉手納基地などアメリカ軍基地から派生する爆音に関し、県町村議会議長会は4月28日、那覇市で定例理事会を開き、基地騒音への抗議決議を全会一致で可決しました。 定例理事会では、地元に多くの基地を抱える中部地区を代表して、嘉手納町議会の田崎博美議長が町...続きを見る

QAB「オキナワ1945 島は戦場だった」ギャラクシー賞 報道活動部門に入賞

ステーションQのエンディングとして2010年の1年間にわたり放送した「オキナワ1945 島は戦場だった」が日本の放送文化に貢献した個人や団体に贈られるギャラクシー賞の報道活動部門に入賞しました。 オキナワ1945は、戦後65年目の節目に当たる20...続きを見る

「静かな夜を返して」 第3次嘉手納爆音訴訟始まる

1982年の第一次訴訟から30年、基地周辺にはいまだ静かな夜は戻っていません。原告およそ2万2000人が訴える第三次嘉手納爆音訴訟が始まりました。 28日、那覇地裁沖縄支部から中継した山城健太記者は「今回の原告は嘉手納基地周辺の住民などおよそ2万...続きを見る

那覇軍港で油漏れ

27日の夕方、那覇軍港内で油が漏れているのが発見されました。第11管区海上保安本部では、流出元を調べています。 27日午後5時過ぎ、軍港関係者から「港湾に油が浮いている」という通報があり11管が調べたところ長さ100メートル・幅約10メートルにわ...続きを見る

支援の輪を広げよう バスの広告スペースで情報告知

東日本大震災への支援の輪を広げようと、復興支援の情報などを車内で告知するバスやタクシーが27日から運行を始めました。これは、琉球バス・沖縄バス・那覇バス・東陽バス・沖縄第一交通グループが共同で行なっているものです。 本島内を走る路線バス643台に...続きを見る

2011年4月27日

検証 動かぬ基地 vol.96「第3次嘉手納爆音訴訟」父の思い受け継ぎ息子が臨む裁判

嘉手納基地周辺の住民およそ2万2000人が原告になり国を相手にアメリカ軍機の夜間早朝の飛行差し止めや、騒音に対する損賠賠償を求める第3次嘉手納爆音訴訟があす提訴されます。 中でも町民の3人に1人が原告に加わった嘉手納町。この裁判に親子2代で関わる嘉手...続きを見る


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