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戦争で殆どの家屋が破壊された沖縄では住宅の確保は食料と同じように深刻な問題でした。

上空から見た終戦直後の石川市です(現在のうるま市石川)戦災でほとんどの家は焼失していて集落の端に難民収容所のテント小屋が設けられています。のちにここが沖縄最大の石川地区難民収容所になります。戦前の石川の人口は1800人程でしたが、終戦直後には3万人以上だったといわれます。

これは戦災で家を失った人たちのために建てられた仮設住宅(復元された仮設住宅)むき出しの骨組みに壁や屋根はテント生地奥行きわずか3.6メートルにひと家族からふた家族8人以上が住んでいました。中は暑く、雨漏りがひどくさらに、テント生地は火が付きやすくここ石川収容所では1946年2月173戸が全焼するという大火災も発生しました。

住宅を得た喜びとは裏腹に火災やテントを切り裂かれ物を盗まれる事もあり混沌とした状況はつづきます。