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4月15日、石垣島で墜落機から脱出したアメリカ兵の捕虜3人が殺害されました。戦後、日本軍司令官らが処刑されることになった「石垣島事件」です。

アメリカ軍は石垣島にある飛行場を撃破するため、グラマンなどの大規模な編隊を組んで島を攻撃。対する日本軍も「沖縄本島と台湾との生命線を分断させてはならない」と必死の反撃を展開しました。

激しい戦いの中、日本軍の対空砲撃でアメリカ軍の1機が石垣島大浜の海岸に撃墜され、乗員3人はパラシュートで脱出。しかし日本軍によって捕らえられ、海軍警備部隊に連行されました。

八重山旅団司令部はアメリカ兵3人のうち、2人を斬殺、1人を刺殺処分と決定。処分はその日に実行されました。

日本軍は事件の証拠隠滅を図りましたが、GHQ宛ての投書で発覚。戦後、1950年4月、処分を下した井上司令官など事件に関与した幹部ら6人が捕虜殺害禁止条約違反で、巣鴨プリズンで処刑されたのです。