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沖縄本島の総攻撃が始まって2日目のきょう、与那国島の国民学校では入学式が行われました。

与那国島を襲う激しい空襲。与那国国民学校は1945年2月以降、授業ができなくなっていました。しかし4月2日、国民学校の入学式だけは壕で行われました。

当時の新入生、6歳だった浦崎永二さんはそのときの様子を詳細に覚えています。

浦崎さん「集落のはずれのほうに島にしては大きめな洞窟がありまして、そのなかで入学式をした記憶はあります。ダヤ(洞くつ)の中ですので、華やかな入学式というのは記憶にありません」

連日砲弾が降る中、入学式を終えても校舎で、授業が開かれることはありませんでした。

浦崎さん「5ヵ所ぐらいの洞窟とか崖の影とか、そういうところに分散して授業をしています。教科書などはあったと思うんですけども、机・腰掛があったような記憶はない。校舎で授業が行われようになったのは、組織的な戦闘が終結してから5ヵ月後の11月に入ってからのことでした。